'16桐高校長室

校長室へようこそ。校長からのメッセージをお伝えしていきます。

3学期終業式 2017年03月24日(金)

3学期終業式  昨日、文部科学省から4月より、3期5年間のSSH指定校として研究開発をしてよいという連絡が入りました。
 3期15年間指定されている学校は、全国でも数校しかありません。新3年は現在のプログラムのとおり、新2年は新SSHのプログラムになります。新2年については、新1年が1年と2年で行うプログラムのダイジェスト版を行います。普通科については現在のプログラムより多くなります。例えば、普通科は、理数科と共通して、クラッシーを活用した探究学習、学びの技法などを行います。理数科については、それに加えて理数科独自のプログラムも行います。

 さて、3学期の始業式の時に、「3学期はあっという間に終わる」といいましたが、覚えていますか。少し3学期を「振り返って」ください。どうでしょうか。あっという間ではなかったですか。
 3学期の初めに「見通し」を持ち、3学期を過ごした人はいますか。その人は時間を有効に使い、それなりに成果をあげることができたのではないでしょうか。
 反対に、何の「見通し」も持たずに、3学期を過ごしてしまった人は、得られたものは少なかったのではないかと思います。
 一般に、何かを始めるにあたっては、「見通し」をもって始めるほうがずっと効果的であるといわれています。毎日の授業もそうです。ですから、少しでも予習をして「見通し」をもって授業に臨んだほうが、効果的なはずです。
 また、やってきたことを「振り返る」ことで、実は深く学ぶことができます。本校では模擬試験が終わった後に、もう一度出題された問題、特にできなかった問題をやっていると思いますが、この「振り返り」を行うことにより、その学びを深くするだけではなく、知識の定着につながっているのです。
 授業の最後に少し学んだ内容を「振り返ってみる」。出された課題をやりながら、今日の授業の内容を「振り返りかえってみる」。
 「振り返り」は学びを深くし、知識を定着させるという意味では一番おいしい部分なのです。現実には、面倒くさい、時間がないと思って「振り返り」を省略させてしまう人が多いのですが、実にもったいないことなのです。
 ところで、2学期の初めに、本校では、これからアクティブ・ラーニングの視点をもった授業を先生方に行ってもらうといいました。
 アクティブ・ラーニングとは、ラーニングすなわち学びであって、ティーチングすなわち教えることではないということです。つまり、授業における先生の教え方というより、みんなの学び方が問題ということです。活発な学びができるような環境、あるいは仕掛けをつくることが先生の腕の見せ所となるわけです。

 ところで、今月末くらいに、小学校と中学校の学習指導要領が公表されます。高校は来年の今頃になります。公表される学習指導要領にはアクティブ・ラーニングという言葉はありません。削除されました。
 一時期、「アクティブ・ラーニングはグループでの学習」という誤解があったので、授業形態が何でもグループを作って生徒同士が話し合う、みたいなことが全国各地で起こりました。
 文部科学省はその状態を危惧して、アクティブ・ラーニングという言葉の使用をやめたといわれています。アクティブ・ラーニングの視点をもって授業することは、形式的に生徒同士の対話を取り入れた授業ではないという意味です。
 それで、今ではアクティブ・ラーニングは、「主体的・対話的で深い学び」に変わりました。それでは「主体的・対話的で深い学び」の主語は何かというと、「生徒」になります。
 したがって、授業において、「生徒が主体的に取り組んでいるか」「生徒が対話的であるか」「生徒が深く学んでいるか」ということになります。
 ちなみに対話とは、生徒と先生の対話、生徒同士の対話、生徒と教科書や問題集の問題との対話となります。
 これは文部科学省の方針が、「何を学ぶか」という<学ぶ内容>だけでなく「どのように学ぶか」<学び方>も含めて考えることが重要となったことによるので、授業改善がうまく進めば、知識を身に付けるだけでなく、思考力や判断力、そして表現力や協働性やリーダーシップなども身に付けることができるはずです。
 最後に、すでに本校では、1年は2年として、2年は3年として、ふるまう準備を着実に進めていますので、皆さんも早く気持ちを切り替えるようにしてください。新年度を期待しています。



日本の高校生はやはり受け身でした 2017年03月21日(火)

高校生の勉強と生活に関する意識調査報告書-日本・米国・中国・韓国の比較-単純集計結果(http://www.niye.go.jp/ から引用)  3月13日に国立青少年教育振興機構が「高校生の勉強と生活に関する意識調査報告書―日本・米国・中国・韓国の比較―」を発表しました。この調査は、平成28年9〜11月、4か国の普通科高校の生徒を対象に集団質問紙法で実施し、7854人から有効回答を得ることができました。国ごとに勉強についての考え方も異なることがわかりました。
 勉強の仕方について、日本の特徴的な傾向としては、「試験の前にまとめて勉強する」の項目であり「ほとんどそうだ」「半分以上はそうだ」を合わせて69.3%で日米中韓の中でトップでした。反対に、「できるだけ自分で考えようとする」「勉強したものを実際に応用してみる」「教わったことを他の方法でもやってみる」「自分で整理しながら勉強する」「教えられたとおりに勉強する」「参考書をたくさん読む」の項目については日米中韓の中で最下位でした。
 授業の進め方について、日本は、「教科書に従って、その内容を覚える授業」の項目では「ほとんどそうだ」「半分以上はそうだ」を合わせ91.2%となり、中国に続いて2番目でした。一方、「個人で調べ、まとめ、発表する」は16.6%、「グループで課題を決め、考え、調べる」は11.9%、「学校外での見学や体験をする授業」は5.3%であり、いずれも4か国中で最も低い結果となりました。
 授業中の態度や行動について、日本は「きちんとノートを取る」に「よくある」と答えた割合が79.4%と4か国中でトップでしたが、「居眠りをする」も15.0%と同様にトップでした。反対に「グループワークのときに積極的に参加する」が25.3%、「積極的に発言する」が3.7%といずれも4か国中で最も低い値でした。
 ところで、平成28年3月31日に、高大接続システム改革会議が「最終報告」を公表しました。「最終報告」では、教育改革を進めるときの検討の背景と狙いとして、以下のようなことが述べられています。「大きな社会変動の中では、これからの我が国や世界でどのような産業構造が形成され、どのような社会が実現されていくか、誰も予見できない。確実に言えるのは、先行きの不透明な時代であるからこそ、多様な人々と協力しながら主体性を持って人生を切り開いていく力が重要になるということである。また、知識の量だけでなく、混とんとした状況の中に問題を発見し、答えを生み出し、新たな価値を創造していくための資質や能力が重要になるということである。こうした資質や能力は、先進諸国に追いつくという明確な目標の下で、知識・技能を受動的に習得する能力が重視されたこれまでの時代の教育では、十分に育成することはできない。次代を担う若い世代はもちろん、社会人を含め、これからの時代を生きる全ての人が、こうした資質・能力を育むことができるよう、抜本的な教育改革を進める必要がある。」とあります。
 「とりあえずノートを取っておく」「とりあえず教科書の内容を覚えておく」「とりあえず授業に出ておく」というような受身に姿勢では今後訪れるであろう大きな社会変動に飲み込まれてしまうのではないかと危惧をしてしまいます。



最後まで粘りぬく 2017年03月12日(日)

ワールドカップで優勝し歓喜するベッケンバウアー(https://ja.wikipedia.org/ から引用)  3月1日に卒業した生徒の国公立大学の前期日程の入試結果が続々と判明してきました。予想どおり合格した、予想に反して合格した(?)、予想に反して不合格であった(?)、様々でした。
 前期日程で不合格であっても後期日程に向けて最後まで粘って準備をしている卒業生はたくさんいます。そして、卒業したにもかかわらず担任や教科担当の先生に指導を受けるために多数来校しています。本校の先生はそのように真摯に取り組んでいる卒業生に対してよく面倒を見ているなと思っています。きっと後期日程ではよい結果が出るだろうと期待しています。
 ところで、1974年の地元開催のW杯で西ドイツ代表キャプテンであったベッケンバウアーがこのW杯で初優勝した時にいった「強い者が勝つのではない、勝った者が強いのだ」という言葉が気になります。この大会は、「トータルフットボール」を標榜するオランダが優勝候補の最右翼であり、大会でも予想通り危なげなく決勝まで進出しました。しかし決勝では戦前の予想を覆してドイツが激戦の末2−1でオランダに勝利しました。
 能力がある者が必ずしも大事な大会で結果を出せるのではなく、常にチャレンジし続ける者が、能力を創出し、その能力を持って結果につなげるということでしょうか。
 大学入試の一般入試において、センターリサーチというシステムがあります。これはセンター試験の自己採点と志望校を予備校などへ提出して、それを提出した人を対象に、大学合格の可能性を判定してくれるシステムです。ただ実際にはこのシステムによる合格可能性の判定があてになった場合とまったくあてにならない場合がありました。本校の前期日程の合否状況を見ても当てにならないケースも比較的多くみられました。多くの学校ではこれ以外に大学合格を予測することがほとんどできないので、とりあえずの目安としては、それに頼らざるを得ません。
 実際には、個別試験でうまく行かずにA判定やB判定でも不合格ということはあります。それとは反対にD判定やE判定であっても合格する場合も意外とあります。どのような問題が出されても大丈夫な受験生はごくまれであり、出題された問題によって出来不出来が分かれます。それが入試なのかもしれません。
 ただ大学入試において、「1点でも多く点数をかき集める」ことにチャレンジする気概がなければ、なかなか志望校に合格することはできません。入試のときに、最後までいかにチャレンジし続ける気持ちを持って臨めるかということがその結果に結びついてしまうことが多いのではないかと思います。



高校教育の転換期 2017年03月10日(金)

「知識・技能」「思考力・判断力・表現力」とそれらを評価する方法のイメージ例(http://www.mext.go.jp/ から引用)  日本は21世紀を迎え、急激な社会の変化などにより、様々な課題が出ています。グローバルな課題として国際社会全体が捉えなければならないものから、ある地域のローカルな課題、あるいは個人が抱える実生活・実社会にかかわる課題など様々です。
 これらの課題には「多様な人々と協働しないと解決しないもの」「答えがひとつではないもの」などもあります。それらは、環境や条件、その人が置かれた立場によって答えが異なることがあるために、他者の考えを聞いて理解する、自分の考えをわかりやすく説明する、対話によりそれぞれの背景にあるものを理解する、などの行為が必要になってきます。
 その上で、答えがひとつのものもありますが、多くの場合には複数の答えから、最適なものを選んだり、「このあたりなら仕方がない」と多くの人がお互いに納得できる答えを導き出したり、することになります。
 今までの高校教育は、知識中心の教育でした。そのために、それを評価するための大学入試問題としては、知っているか知らないかを問う一問一答型も数多く見られました。
 平成28年3月に高大接続システム会議が公表した最終報告では、「これからの時代に向けた教育改革を進めるに当たり、身に付けるべき力として特に重視すべきは、(1)十分な知識・技能、(2)それらを基盤にして答えが一つに定まらない問題に自ら解を見いだしていく思考力・判断力・表現力等の能力、そして(3)これらの基になる主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度である。この(1)〜(3)の全てを一人一人の学習者が身に付け、予見の困難な時代に、多様な人々と学び、働きながら、主体的に人生を切り開いていく力を育てるものにならなければならない。」としています。
 ですから、今後の大学入試は、「知識・技能」の習得状況だけをみるのでなく、「思考力・判断力・表現力」や「学びに向かう姿勢」「人間性」なども重視する方向に向かっています。
 2020年に実施する新テストでは「知識・技能」に加えて「思考力・判断力・表現力」についても問われます。各大学が独自に行う個別試験では、認証評価制度もあるので、「思考力・判断力・表現力」に加えて、「学びに向かう姿勢」「人間性」を評価するタイプの入試が新テストを待たずに実施されるといわれています。
 高大接続システム改革は、高校教育、大学入試(大学入学者選抜)、大学教育の三つを三位一体的に改革するものです。大学入試があるために変われないといってきた高校の教育は、新学習指導要領と新テストで、大きく変わらざるを得ない時代になったといえるでしょう。



能力の見える化 2017年03月03日(金)

ジェネリックスキル(http://www.kawai-juku.ac.jp/ から引用)  現代は社会の変化が大きい時代といわれていますが、これから益々その変化は大きくなるでしょう。その中で、自分の力を発揮していくために、どんな時でも汎用的に役立つ能力・態度・志向、いわゆる「ジェネリックスキル」といわれる能力が今求められています。
 2000年前後に、この「ジェネリックスキル」が、世界の国々で、デジタル時代となる21世紀以降必要とされる「21世紀型スキル」として、習得することの必要性が叫ばれました。
 1990年代から、OECD(経済協力開発機構)では、単なる知識や技能だけではなく、特定の文脈の中で複雑な要求(課題)に対応することができる力を「キー・コンピテンシー」として、次の3つに集約しました。ちなみに、コンピテンシーとは、業績の高い人の行動特性あるいは能力を指します。
(1) 自律的に行動する能力⇒主体性のことを主に指す(自ら課題を発見し、考え、学び、それを解決のための行動)
(2) 多様な社会・グループにおける人間関係形成力⇒協働性・多様性
(3) 社会・文化的、技術的ツールを相互作用的に活用する能力⇒対話による知識・技能の活用
 日本では、2000年代に入ってから「能力の見える化」についての議論が始まりました。2002年に内閣府が「人間力戦略」を公表しました。ここで「人間力」を「社会を構成し運営するとともに、自立した1人の人間として力強く生きていくための総合的な力」と定義しましたが、汎用的能力として定義されたもののうち、「人間力」が唯一閣議決定された汎用的能力であるといわれています。この力には、
(1) 知的能力的要素(=対課題的要素)
(2) 社会・対人関係力的要素(=対人的要素)
(3) 自己制御的要素(=対自己的要素)の3つの要素があります。
 (1) 知的能力的要素(=対課題的要素)は、「基礎学力(主に学校教育を通じて修得される基礎的な知的能力)」、「専門的な知識・ノウハウ」を持ち、自らそれを継続的に高めていく力や「論理的思考力」、「創造力」であり、(2) 社会・対人関係力的要素(=対人的要素)は、「コミュニケーションスキル」、「リーダーシップ」、「公共心」、「規範意識」や「他者を尊重し切磋琢磨しながらお互いを高め合う力」であり、(3) 自己制御的要素(=対自己的要素)は、これらの要素を十分に発揮するための「意欲」、「忍耐力」や「自分らしい生き方や成功を追求する力」であるといわれています。
 このあと、経済産業省は「社会人基礎力」を発表し、文部科学省は「基礎的・汎用的な能力」を発表しました。
 昨年末に公表した答申には、変化の激しい社会を生きるために必要な力である「生きる力」を捉え直して、資質・能力の三つの柱としましたが、これは世界の大きな流れである「能力の見える化」の一環であることがよくわかります。これが今までの教育とは違う大きな方向ではないかと思いました。



卒業式 式辞 2017年03月01日(水)

卒業式校長式辞  厳しかった冬の寒さも終わりに近づき、あずまの山にも、桐生の川の流れにも、春の訪れを感じる今日のよき日を迎え、卒業証書授与式を執りなく行うことができますことを、心より感謝申し上げます。
 この晴れの式典に、ご多忙中にもかかわらず、同窓会長様、PTA会長様、地区代表中学校長様をはじめ、多くのご来賓と保護者の皆様のご臨席を賜り、厚くお礼申し上げます。
 ただいま、卒業が認められた274名の皆さん、そしてこれまでずっと卒業生を支えてきました保護者の皆様、本当におめでとうございます。
 卒業生の皆さんは、桐高の入学式の日から今日の卒業式まで、あっという間だったのではないでしょうか。
 桐高での学校生活は、入学式からはじまり、赤城での合宿オリエンテーション、水明杯争奪大運動会、球技大会、マラソン大会、山紫祭、関西方面への修学旅行、予餞会など、また、全国大会や関東大会を目指して取り組んだ毎日の部活動など、野本・橋本学年主任を先頭に、生徒想いの学年所属の先生方が、それぞれの場面で、ときには叱咤激励、ときにはそばに寄り添い、皆さんを支えてくれたと思います。卒業生の皆さんを見ていると本当に充実した高校生活が送れたなと思います。
 さて、皆さんを待ち受けているこれから先の社会はどのような社会でしょうか。
 最近の情報化やグローバル化による社会の変化は、多くの識者の予測を超えて進んでいます。さらに今日、「第4次産業革命期」と呼ばれ、人工知能が様々な判断をしたり、身近なモノの働きがインターネットで結ばれて最適化されたり、技術革新が驚くほどの速さで進んでいます。そして、このような状況が、将来は今以上に加速度的に進化していく可能性があります。
 皆さんが社会の中核として活躍する10年、20年後の日本ではグローバル化がさらに進み、生産年齢人口が減少し、それに加えてコンピュータやロボット、人工知能などが高度化することにより、今とまったく異なった社会構造、雇用形態になるかも知れません。
 ところで、技術革新のスピードについては、例として携帯電話があげられます。携帯電話の原型は、今から30年以上前の1985年に登場しますが、当時は「ショルダーフォン」といわれ肩掛けベルトのついた通信端末を持ち歩くスタイルのものでした。重さは実に3キロもあったそうです。それから10年くらいの間に軽量化が進み二百数十グラムまでになったそうです。そしてこの20年の間に、技術革新が目覚ましい勢いで進んだ結果、今ではパソコンの機能をもった携帯電話である「スマートフォン」が登場しました。現在その「スマートフォン」が、携帯電話の主流になりました。同時に軽量化されて100グラムをきる機種もあるようです。
 このような変化の激しい時代を生きる上で必要とされる資質・能力とは何でしょうか。
 それは、「様々な考え方を持つ他者と目標達成や新たな価値を見出すために、お互いの良さを生かしながら、協力しあえる能力」であったり、「答えが一つに定まらない問題に自ら解を見出していく粘り強さ」であったり、「自分の意志や判断によって自ら責任をもって行動する能力(桐高の校訓である「独立自尊」)」であったり、あるいは「失敗を恐れずに、まずは一歩前へ踏み出してみる、チャレンジしてみる姿勢」ではないかと思います。
 皆さんは4月からどのような進路に進もうが1年生です。これから始まる大学などでの生活は、今までとは違って初めて経験することが多いはずです。
 また、どこに住んでいようが、文化や習慣が違う全国各地出身の人たちと、場合によっては外国の人たちと、意思疎通を図りながら、目的を達成するために力を合わせていく場面も出てきます。
 はじめて取り組むことはうまくいかないものです。うまくいかなくて当たり前、失敗する確率は高いですが、失敗を恐れずに、まずは桐高での3年間で身に付けたものを基盤に、自分が「これだ」と決めたことに対してチャレンジし続けてください。
 「失敗するかもしれない」と躊躇してチャレンジしなければ、最初と何も変わらず、何も得られずに現状維持のままです。現状維持は実は時間が経過している分だけマイナスです。
 まずは躊躇することなく最初の一歩を踏み出してください。そして途中で様々な困難なことにぶつかったとしても、あきらめずにやり続けてください、道は必ず開けてきます。
 終わりに、274名の卒業生の皆さんの健康とこれからの大いなる活躍を祈念するとともに、ご臨席賜りましたご来賓の皆様、保護者の皆様に心よりお礼申し上げ、式辞といたします。



「アクティブ・ラーニング」が消えました 2017年02月20日(月)

主体的・対話的で深い学びの実現(http://www.mext.go.jp/ から引用)  米国より、アクティブ・ラーニングの考え方を日本に紹介し、現在日本でもっとも研究している京都大学教授溝上慎一先生のWebページに「現場の改革に繋げよ!−学習指導要領改訂(案)に対するコメント」という内容の文書が掲載されています。
 『「文部科学大臣告示」という形式で出される行政文書としての学習指導要領(案)において、主体的・対話的で深い学びが説かれ、「アクティブ・ラーニング」が記載から外れたことはまことに残念である。しかし、答申では明確に示された「アクティブ・ラーニング」である。主体的・対話的で深い学びと説明されるときには、その背後に「アクティブ・ラーニング」の用語があると理解していいのではないか。』
 『「主体的・対話的で深い学び」では、この改革でもっとも訴えなければならない講義一辺倒の授業を脱却する、あるいはチョーク&トークの授業を脱却するというメッセージ性が弱いという問題がある。アクティブ・ラーニング論は、何より講義一辺倒の授業を脱却するところに最大の出発点があり、そのうえで「アクティブ」な学びを特定してきた学習論である。とくに高校、大学の関係者は、今一度アクティブ・ラーニング論の基本に立ち返って、施策推進を充実させる現場の教育実践に注力してほしい。』とありました。
 過日文部科学省がパブリックコメントのために公表した中学校学習指導要領(案)の中には「アクティブ・ラーニング」の言葉はありませんでした。
 昨年末の答申までは「アクティブ・ラーニング」という言葉は使われていたので、当然学習指導要領の案にも記載されると思っていました。
 ただ、もともと中央教育審議会「以下(中教審)」や文部科学省は、「アクティブ・ラーニング」には「いわゆる」を常に付けていましたし、答申においては「アクティブ・ラーニング」と「主体的・対話的で深い学び」はイコールの意味で使われていましたので、最後の段階で削除したのかと思います。
 「アクティブ・ラーニング」は、多くの学校で、とにかく始めなければと考え、表面的にとりあえずグループ学習という形式から入っていまいました。そのことが「活動あって学びなし」とまで揶揄されたために、今回の「アクティブ・ラーニング」削除の原因になったような気がします。
 より具体的な授業改善の視点を示す意味では「主体的・対話的で深い学び」の方がわかりやすいかもしれません。ただその一方で、溝上先生が指摘しているように「講義一辺倒からの授業からの脱却」を図るという目的からすると「主体的・対話的で深い学び」ではトーンダウンです。特に「対話的な学び」の意味が広いだけに、解釈の仕方では従来どおりの講義一辺倒型もありということになってしまいそうな気がします。
 いずれにしても、原点である資質・能力の三つの柱を、授業で身に付けさせるという視点から授業の組み立てを考えていく必要がありそうです。



言語能力は学びの基盤 2017年02月19日(日)

言語能力を構成する資質・能力が働く過程のイメージ(http://www.mext.go.jp/ から引用)  知識基盤社会である現在は、新しいといわれた知識でも少し経つとすぐに古い知識となってしまいます。ですから、最終学校を卒業したから学びは終了というのではなく、生涯にわたり主体的に学び続ける姿勢がないといけません。
 生涯にわたって学び続けるときに、その学びの基盤を支える力のうちのひとつに言語能力があります。
 学校生活において「言葉」は教育活動を支える重要な役割を果たしています。例えば、教科書や教員の説明、様々な資料等から新たな知識が得たり、事象を観察して必要な情報を取り出したり、自分の考えをまとめたり、友達の思いを受け止めながら自分の思いを伝えたり、目的を共有して協働したり、などがあります。
 言語能力の重要性は、現行学習指導要領でも「言語活動の充実」として重視されています。しかし昨年末の中央教育審議会(以下「中教審」)の答申では、「情報を的確に理解し、自分の考えを形成していくことが依然として課題である」と指摘しています。
 ところで、中教審の答申では、言語能力を構成する資質・能力は二つあり、ひとつが「認識から思考へ」の過程の中で働く<情報を理解するための力>であり、もうひとつが「思考から表現へ」の過程の中で働いている<文章や発話により表現するための力>であるといっています。
 「認識から思考へ」の流れとは、 [情報の構造と内容を把握]⇒[精査・解釈]⇒[考えを形成する] 。
 また、<情報を理解するための力>は、[情報の構造と内容を把握する力][精査・解釈する力][考えを形成する力]で構成されています。
 「思考から表現へ」の流れとは、 [表現するテーマ・内容、構成・表現形式を検討]⇒[考えを形成・深化]⇒[文章や発話によって表現] 。
 また、<文章や発話により表現するための力>は、[表現するテーマ・内容、構成・表現形式を検討する力][考えを形成・深化させる力][文章や発話によって表現する力]で構成されています。
 言語能力は、「認識から思考へ」「思考から表現へ」と働く過程を、発達段階に応じた適切な言語活動を通じて繰り返すことによって育まれるといわれていますが、学びの基盤として今後ますます重要なものとなるはずです。
 識者の中には、詳しく構造的に総則などに記載すると教員のマニュアルになってしまうことを危惧している人がいるそうです。しかし、今までは「言語活動の充実」というキーワードを出しても、何をどうやってよいかわからなかったために、とりあえず読書させるとか小論文の問題を解かせれば、言語活動を充実させたこと、言語能力が身に付いたことになってしまったような気がします。今回は構造を理解した上で、さらに言語能力を高める指導をしてほしいものです。



何ができるようになったか 2017年02月17日(金)

学習指導要領改訂の方向性(http://www.mext.go.jp/ から引用)  平成28年12月21日 に中央教育審議会(以下「中教審)から学習指導要領等の改善及び必要な方策等についての答申が出されました。
 答申の中では、今の学習指導要領は、各教科において「教員が何を教えるか」という観点を中心に組み立てられており、それぞれ教えるべき内容に関する記述を中心に、教科の枠組みごとに知識や技能の内容に沿って順序立てて整理したものとなっている。そのために、一つ一つの学びが何のためなのか、どのような力を育むものかは明確ではない。そして、このことが、指導の目的を「何を知っているか」にとどめている原因となっており、知っていることを活用して「何ができるようになるか」にまで発展させていないと指摘しています。
 もちろん教育課程において、各教科等で「何を教えるか」という内容は重要ではあります。ただ、その内容を学ぶことを通して「何ができるようになるか」を意識して指導したり支援したりという姿勢は、今後はさらに求められるようになるでしょう。
 また、これからの時代に求められる情報活用能力や問題発見・解決能力など様々な現代的な諸課題に対応するために必要な資質・能力は、特定の教科等だけではなく、全ての教科等のつながりの中で育まれるものも多くあります。学びを教科等の縦割りにとどめるのではなく、教科等を越えた視点で教育課程を見渡して相互の連携を図り、教育課程全体としての効果が発揮できているかどうか、教科等間の関係性を深めることで効果を発揮できる場面はどこかなど、各学校が検討し、工夫・改善していくことも求められるでしょう。
 まずは学校教育活動全体で育てるべき資質・能力を具体化し、それを具現化するための教育目標や教育内容を明示し、教科等を学ぶ意義と教科等間のつながりなどを踏まえながら教育課程を編成し、その示し方についても教職員や生徒に対してわかりやすくなるよう工夫し、さらにそれを実施・評価し、改善につなげていく、つまり「カリキュラム・マネジメント」をどのように行うかがポイントとなると思います。



SSHについて 2017年02月16日(木)

2015年度ポスター発表賞受賞  本校は、平成19年度に文部科学省から、スーパーサイエンスハイスクール(以下「SSH」)に、5年間指定され、「学習指導要領によらないカリキュラムの開発・実践」「課題研究の推進」「観察・実験等を通じた体験的・問題解決的な学習」などを行いました。
 さらに平成24年度からは、引き続き5年間、2期目を指定され研究開発を行い、本年度(平成28年度)が最終年度になります。
 ところで、なぜSSHができたのか、それは15年前の平成14年までさかのぼることになります。
 日本は、天然資源に乏しいので、将来にわたって先進国の一員として人類社会の持続的発展に貢献し、豊かな生活を実現することは難しい状況にあります。それを克服するためには、科学技術のレベルを高めていくことしかありません。したがって、日本は国全体で「科学技術創造立国」を目指すことになりました。
 「科学技術創造立国」とは科学技術・技術革新を積極的に推進し、知的財産の創造・活用を促進し、そのことによって発展させていく国を指します。
 「科学技術創造立国」を推進していくためには、これを担う人材を絶え間なく育成し、さらにその人材を確保し続けていかなければなりません。
 このような人材に関する取組は、国が10年や20年先の長期的ビジョンに沿って、計画を立案していきますが、特に科学技術の分野については、投資をしたからといってすぐには成果が現れません。
 また、科学技術系の人材を育成する取組は、小学校⇒中学校⇒高校⇒大学⇒大学院⇒社会人と連続性を持ったものにならなければなりません。
 以前に比べると今は、科学技術系人材育成の取組の多くが、連続性を持ったものになってきたような気がします。
 今から15〜16年くらい前の「理科離れ」といわれた時代には、理科に対する子供の興味・関心・学力が低下し、国民全体の科学技術知識が低下し、若者の進路選択時の理工系離れが起こり、理工系学生の学力が低下し、そしてその結果、次世代の研究者・技術者が育たない、などの問題が起こっていました。
 これを克服するために、文部科学省は平成14年度に「科学技術・理科大好きプラン」を打ち出しました。そのプランのうちのひとつがSSHでした。科学技術・理科,数学教育を重点的に行う学校をSSHに指定し、指定校は将来の国際的な科学技術系人材の育成のための取組、高校と大学の接続の在り方について大学と連携した研究や理科・数学に重点を置いたカリキュラム開発の研究などについて、高校としては破格の経費を国や科学技術振興機構から支援してもらって、研究開発を行っています。
 この「科学技術・理科大好きプラン」のおかげで、「理科嫌い」「理工系離れ」は以前に比べるとかなり減少したといえるでしょう。



第2回運営指導委員会あいさつ 2017年02月04日(土)

第2回運営指導委員会  本日は、群馬県教育委員会には、本校の第2回運営指導委員会を開催していただき、高校教課長の山口様、指導主事の茂木様には、お忙しい中、お越しいただきまして、誠にありがとうございます。
 また運営指導委員の皆様におかれましても、お休みのところ、また中には、遠路よりお越しいただいた方もおり、本当にありがとうございます。
 SSHについては、本年度が最終年度でありますので、3月実施予定の米国研修など、これから実施するプログラムもありますが、概ね5年間の取組のまとめの作業に入っているところであります。
 ただ、それと並行して、文部科学省から3期目のSSHの指定を受けるべく12月に申請書を提出しましたので、現在、採択されることを前提として、様々な準備をしているところです。
 今回のSSH申請については、研究開発課題名を「これからのよりよい社会を創り出す主体性・協働性を身に付けた科学技術系人材の育成」とし、目的を、「社会との協働を通して見出した課題を解決するために,習得した知識・技能を活用する力と粘り強く挑戦する力を備え,国内外の多様な人々の中で主体的・対話的に活動できる科学技術人材を育成する」こととしています。
 ちなみに、科学技術系人材育成というと、研究者育成の基盤づくりと考えがちですが、本校では、研究者や研究を理解しそれを支援するような人材も含めて科学技術系人材と考えています。
 2月7日に、文部科学省においてSSHにかかるヒアリングがありますが、その際には、高校教課長の山口様にもご足労いただくことになっております。
 なお、SGHについては、文部科学省に申請する予定で準備をしていましたが、本年度については公募せず来年度にブラッシュアップして募集するとの連絡が12月下旬にありました。来年度の採択を目指して、そちらも準備を進めていきたいと考えています。
 また、昨年、中央教育審議会から答申が出されましたが、その趣旨を踏まえながら今回SSHの申請書を作成しました。平成33年度に桐生女子高校と統合して新しい高校ができますが、今回考えた様々な取組やしくみなどを新高校の基盤にしながら、現在開校の準備を進めているところでもあります。
 本日は、運営指導委員の皆様から、3期目のSSHの取組についての指導・助言をいただければありがたいと思っています。どうぞよろしくお願いします。



読書の必要性 2017年02月02日(木)

PISA型「読解力」(http://www.mext.go.jp/ から引用)  PISAを知っていますか。最近よく耳にするワードかと思います。
 PISAとは、経済協力開発機構(OECD)による国際的な生徒の学習到達度調査のことをいいます。OECD加盟国の15歳の生徒を対象にした、読解力、数学知識、科学知識、問題解決に関しての調査で、2000(平成12)年に始まって以降、3年ごとに実施されています。
 特に「読解力」「科学的リテラシー(活用する力)」「数学的リテラシー」の3分野の調査については毎回行われています。
 2015年については、日本の平均点で各国を比較すると「科学的リテラシー」は前回12年の4位から2位、「数学的リテラシー」は7位から5位と、どちらも順位を上げました。
 ところが「読解力」については、4位から8位に落ちるとともに、平均点も22点下がりました。
 今回、何故「読解力」が低下したのかについて分析した結果によると、文章や資料などから情報を読み取り、論理立てて自分の考えを記述する分野が苦手だということがわかりました。
 朝日新聞の取材に対して、文部科学省教育課程課では「情報を読み解き、言葉にする力で課題が浮かんだ。スマートフォンでインターネットを利用する時間が増える一方、筋だった長い文章を読む機会が減っている」との回答でした。
 インターネットの普及により、じっくり本を読む機会や時間がどんどん減っていくことは、必然かもしれません。
 さらに近年は、スマートフォンの普及もあり、細切れの情報を短時間で取得する習慣が一般化しました。
 その結果、練られた文章を読解しなければ情報を得られない書物からでは、時間がかかってしまうこともあり、避けられるようになったのかもしれません。結論を急ぐ最近の高校生の感性には、読書は合わなくなってきているのでしょうか。
 だからといって、今の高校生が社会の中核になるころの先行き不透明な時代を考えると、読書により読解力を身に付けることは重要です。
 情報化社会が進展すると、自分で物事を考えずに、断片的な情報をただ受け取るだけの受け身の姿勢になりやすくなります。しかし、今後ますます社会は、情報をインプットして自分でじっくり考えアウトプットする人材を求めると思います。
 読解力を身に付けるためには、ただ本を読むというような受動的な読書ではなく、著者と対話(キャッチボール)しながら、その考えや情報を積極的に読み解こうとする能動的な読書を勧めます。なぜなら能動的な読書により、自分の考えがより形成しやすくなるからです。
 まずは興味がありそうな本を見つけて能動的に読むことを一度やってみてはいかがでしょうか。



中央教育審議会答申 2017年01月31日(火)

育成を目指す資質・能力の三つの柱(http://www.mext.go.jp/ から引用)  中央教育審議会が、昨年12月21日に、文部科学大臣からの学習指導要領改訂に向けての諮問に対して答申しました。
 今回の答申では、2030年頃の社会の在り方を見据えながら、その時代に生き抜いていかなければならない生徒に対して、どのような資質や能力を、どのような教育内容や手法で育てていくかを示しています。
 ですから今回の学習指導要領改訂は、今までのように単に学習内容を変更する、つまり学習する内容の組合せを変えるとか、増減するとか、というレベルではありません。
 ただ、今までの日本の教育を否定しているのではありません。それを踏まえながらも、近年の情報化やグローバル化といった社会の変化が、人間の予測を超えて加速度的に進んできた現状があり、さらに今日、人工知能(AI)が様々な判断をしたり、身近な物の働きがインターネット経由で最適化(Iot)されたりしていますが、そのような状況が将来さらに進化していく可能性が強くあります。そのことにより、10年後20年後の社会や生活が大きく変わっていくとの予測が現在なされています。
 しかしながら、それがどのように変わっていくのかについては、まったくわからないといわれていますので、どう対応していくかが問題になっています。
 そして、この複雑で予測困難な社会の変化は、どのような職業や人生を選択するかにかかわらず、全ての生徒たちの生き方に影響を与えるものといわれています。
 生徒たちには、このような時代を生き抜かなければならないからこそ、この変化を前向きに受け止めながら、社会に貢献したり、自分の人生を豊かなものにしたり、してほしいと思っています。
 中央教育審議会では、学習する生徒の視点に立ち、育成を目指す資質・能力の要素について議論を重ねてきたそうです。その結果が、以下の資質・能力の三つの柱になります。
1 「何を理解しているか、何ができるか(生きて働く「知識・技能」の習得)」
2 「理解していること・できることをどう使うか(未知の状況にも対応できる「思考力・判断力・表現力等」の育成)」
3 「どのように社会・世界と関わり、よりよい人生を送るか(学びを人生や社会に生かそうとする「学びに向かう力・人間性等」の涵養)」
 「知識・技能」は、知っているだけではなく、理解しできるようになるまで高める必要がありますし、その「知識・技能」を、社会や世界とのかかわりの中で、よりよい人生を送るために、活用できる力を身に付けることが重要になります。
 本当にそれで、複雑で予測困難な社会を乗り切れるのか不安なところもありますが、まずは資質・能力の三つの柱を育てるために、どんなことを、どのようにやるのか、その結果をどう評価し改善につなげていくのか等、を含めて考えたいと思います。



AIと世界-AIと競い共に働く- 2017年01月30日(月)

AIと世界(https://twitter.com/nikkei_ai から引用)  1月30日付日本経済新聞に「AIと世界-AIと競い共に働く-」という記事がありました。
 「優秀な頭脳を持つ人」が集まる職場としてイメージされるのが、司法や医療の世界ですが、その領域ですら今日AIが足を踏み入れようとしているとのことです。
 英国のユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのニコラオス・アレトラス博士は「AI裁判官」を開発しました。妥当な判決を下せるかを試すと、実際の判決に照らし合わせた的中率は79%に達したそうです。
 また慶応大学では医師国家試験に解答するAIを開発中です。このAIは、医師国家試験の過去の問題から学習する機能などにより正解率が上がり、すでに合格間近に達しているそうです。
 これらの研究は法律家や医師の仕事を手助けすることを狙いとしていますが、AIが極めて高度な知力を手にしつつあることを示しています。AIは膨大な資料を読み、分析できます。複雑な計算も瞬く間にこなすことができます。人間のできないことや難しいことを、領域によっては、いとも簡単にこなしてしまいます。
 これまで、ロボット(機械)やコンピュータが肉体労働や事務作業から人間を解放してきたが、近い将来、AIが進出する分野はますます広がるといわれています。例えば、自動運転や自動翻訳の技術がもし実用化されれば、通訳や翻訳、バスやタクシーの運転手は要らなくなってしまいます。
 人間の職業がうかうかするとAIに取って代わられて、どんどんなくなってしまうのは、現実味を帯びてきました。
 このように、AIが普及する時代の到来に向けて人間は何を磨くべきかというのがこの記事で興味を持ったところです。
 知識の詰め込みだけで勝負しようと思ってもAIと差別化できない。「法律を勉強したり、薬の処方をプログラムしたりすることはいずれロボットに代わられる」アンドロイドの開発者として有名な大阪大学の石黒浩教授はいっています。
 また、米国マイクロソフトのサティア・ナデラCEOは「AIが普及した社会で一番希少になるのは他者に共感する力を持つ人間」とのことです。
 総務省が「AI時代に重要な能力」を有識者に聞いたところ、「チャレンジ精神や主体性、行動力、洞察力などの人間的な資質」「企画発想力や創造性」が最も多く、コミュニケーション能力などの「対人関係能力」が続いたそうです。語学力などの基礎的素養が必要だという回答は少なかったようです。
 結論をいうならば、AI時代に磨くべき能力は、人間ならではの強みを身に付けることが必要ということです。
 となると授業は、やはり一方向の知識注入型の講義は必要以上に行わず、「主体的・対話的な深い学び」であるアクティブ・ラーニングを極力取り入れる必要があるのではないかと思います。



記憶について 2017年01月16日(月)

最新脳科学が教える 高校生の勉強法(https://matome.naver.jp/ から引用)  中学のときは勉強ができたけど、高校になったらさっぱりだめになったという人はいませんか?私も高校になってだいぶ苦戦した一人ですが・・
 脳科学者である東京大学大学院教授の池谷裕二先生は、『脳は「覚える」より「忘れる」ことを得意としている、そしてその脳が忘れていく速度には個人差がない』といっています。だから長く記憶しておくためには、誰もが「覚えたものを忘れにくくする」方法を考え対処する以外にないといっています。できる人はおそらく無意識の中でそれをしているのでしょうね。
 記憶には「経験記憶」、「知識記憶」、「方法記憶」の3つがあります。これらの記憶は成長の過程で発達する時期が異なります。最も早く発達するのが原始的な「方法記憶」です。例えば、自転車の乗り方など無意識で覚えた記憶です。続いて「知識記憶」、そして最後に「経験記憶」が発達します。
 「知識記憶」は小学生から中学生くらいまでに発達し、高校生以降になると「経験記憶」が発達し、逆に「知識記憶」は低下するといわれています。
 小学生に、【掛け算九九】を教えるのは「知識記憶」が最も発達している時期なので、この時期ならば比較的早く覚えられます。しかし、「知識記憶」が衰える高校生以降ではなかなか覚えられないといわれます。
 中学時代はできたけれど、高校生になったら急に成績が伸びなくなった人は、勉強の仕方として、中学時代には有効であった「知識記憶」に頼っているのかもしれません。
 脳科学的に考えると、棒暗記のようなにただ覚えるだけの「知識記憶」は高校生になると中学生のときに比べてかなり衰えるようです。
 中学時代であれば、テスト範囲を直前にすべて暗記してテストを受けて、高得点をあげることも可能でしたでしょう。
 まぁ高校では、中学時代に比べて覚えなければならない知識の量が圧倒的に増えるので棒暗記のみでは対処しきれません。
 できるだけ勉強の仕方を、「知識記憶」型から高校生になると発達する「経験記憶」型に切り替えなければ、苦しいはずです。
 「経験記憶」のやり方としては、インプットしたことを、しっかり理解し、再構成し、それをアウトプットしてみることです。このプロセスの経験を通して暗記することです。
 ですから、教えてもらったことを誰かに説明すること、手っ取り早い話として、友達や家族をつかまえて自分の考えを聞いてもらうことです。
 一度試してみてください。



センター試験激励会 2017年01月13日(金)

センター試験激励会  いよいよセンター試験です。
 センター試験をはじめ本番の入試では、とにかく得点をとることが大事です。どの科目が大切というより、どの科目でもよいから合計得点を1点でも多くとることです。
 易しい問題を探り当てて、それを確実に解答する。1点でも多く、得点をかき集めてくるという気概、前向きに1題でも多く解答するぞという泥臭さが必要です。
 模試では、みんなができないような難しい問題が出題されたときには、それほど得点が高くなくても偏差値が高くなります。反対にみんなができるような易しい問題の時には得点が高くても偏差値は高くなりません。そして、模試の場合は、合格可能性を示す判定は偏差値によってされるわけです。
 ところがセンター試験や本番の入試では、その問題が難しかろうが易しかろうが1点は1点であり得点には変わりません。難しい問題ができなかったとしても、易しい問題でしっかり得点できればノープロブレムです。
 受験中は、どの問題が難しい問題だったのか、どの問題が易しい問題であったのかわかりません。ですから、終わった科目の結果はあまり考えずに、最後の科目の終了時間まで粘り強く、誠実に解答していくことが大切です。
 自分の得意のはずの科目の問題が難しいことも当然あるわけです。そんなときに慌ててしまうことはよくあります。
 しかし、その問題はみんなできないような難しい問題なのかもしれません。にもかかわらず自分だけができないと勝手に思い込んでしまうことはよくあるので注意が必要です。
 センター試験は2日間受験した科目の合計なので、途中でがっかりせずに、ポジティブな気持ちを最後まで持ち続け、「粘り抜く」ことが大切です。
 当然のことながら、入試では1科目1科目のつながりはないので、それぞれの科目間で影響があるはずはないのです。また、それぞれの科目における各問いについても別々の問いであり、他の問いの影響は受けていません。
 ドイツ代表監督であったベッケンバウアーが「強い方が勝つのではない。勝った方が強いのだ。」と、ドイツが1974年 W杯ドイツ大会で優勝した時に言った言葉があります。
 模試と本番の入試は全くつながりがないので、それをいったんリフレッシュして、センター試験で泥臭く1点でも多くとることに全力を傾けてください。
 最後に、大学入試において、「1点でも多く得点する」という気概がなければ、当然得点できません。ただ、その気持ちが強すぎると、失敗したらどうしようという「未来への不安」が出てきたり、失敗してしまった時に、失敗してしまった「過去のこと」が気になってしまったりして、本来集中しなければいけない「今」に集中できなくなり、その結果最終的に残念な結果になることもあります。
 まずは、すべての科目において、今までインプットしてきた知識を、うまく再構成して、それをアウトプットすることのみを考えてください。



知識や経験は多いほどいい 2017年01月08日(日)

京都から大学を変える(https://honto.jp/ から引用)  「どの分野でもそうですが、行き着くところまで行くと必ず新しい発想が要求されます。そこで大事になるのは自分の持っている知識や経験を総動員して、いかに多くのアイデアを思いつくことができるかです。それには知識や経験が多ければ多いほどいい、その分、組合せも増えて、思いつくアイデアの数も膨らむからです。・・・
 つまり、細かいところまできちんと詰めるには時間がかかるけれど、こういうことができそうだという大枠は3日もあれば十分だ、ということをおっしゃったわけです。
 ただし、それには短時間で大枠を導き出すための基盤【=幅広い知識や経験】が必要です。一からあれこれ調査をして情報を集め、これはこうだ、あれはどうだと、それをつないで組合せ、アイデアをねっていたら時間がかかる。しかし、きちんとした基盤があれば、1日か2日で大枠を組み立てることはできるのです。」
 これは理化学研究所理事長(前京都大学総長)松本紘氏の著書「京都から大学を変える」の一部分です。
 高校時代の勉強、部活動、学校行事などの経験は、大学、大学院、会社、地域社会など高校卒業後の様々なところで、課題や問題が起こって、それを解決しなければならないときに、解決のためのアイデアの基盤になります。
 したがって、学校生活全般にわたって経験したことは、うまくいったこと、失敗したことにかかわらず無駄はないのです。ですから、学校生活は、受け身にならずに、主体的に積極的にかかわってほしいものです。
 成否にかかわらず一生懸命に取り組むことが大切であり、その経験の中に、「引っ掛かり」ができるとよいでしょう。この「引っ掛かり」は、取り組んだことが軽く流れてしまっていたり、自身が事務的に行っていたり、つまり受け身で取り組んだ時にはできないものです。
 この「引っ掛かり」は、ざっくりとしたもの、漠然としたものでもよいので、「見通し」のようなものをはじめに持って取り組み、最後に、この「見通し」と実際にやったことを振り返ってみることの中にできると思います。
 この「振り返り」がないとおそらく「引っ掛かり」はできないでしょう。この「振り返り」が、新たな課題の発見につながるとともに、経験したことの定着につながるはずです。
 また、普段の勉強にしても、大学受験を想定して模試の結果に一喜一憂するのではなく、幅広い知識を身に付けるという観点で取り組んでほしいものです。
 いずれにしても【幅広い知識や経験】をたくさんもつことがよいアイデアを生む元になっているので勉強、部活動、学校行事など充実した学校生活を送ってほしいものです。



3学期始業式 2017年01月06日(金)

校長式辞  今年は、桐高が町立桐生中学校として創立されてから、ちょうど100年の節目の年になります。平成33年4月には、桐女と統合して新高校ができますから、本校の節目の年というのはもう最後になります。新高校については、現在桐女と県教育委員会と新高校の設置のために着々と準備を進めています。桐高の伝統は当然引き継がれますが、今までと流れは少し変わります。このような記念すべき年に、少しでもみんなの持てる力が、今、自分で力を入れている分野で、発揮してほしいなと思っています。
 さて、一般的には、その人の能力は、アウトプットされたものをもって評価される場合が多いです。
 大学入試においても、部活動においても、たとえ、たくさんインプットしても、自分の中でインプットされたものをうまく構成し直して、それを上手にアウトプットできなければ、思っているほど評価を受けません。大学入試では合格に、部活動では勝利には結び付かないでしょう。
 例えば、100インプットしても40しかアウトプットできなければ、70しかインプットしていないけれども、50アウトプットできる人には勝てません。
 ですから、たくさんインプットすることは大切ではありますが、うまくアウトプットできることはそれ以上に大切なことです。
 うまくアウトプットできない人は、次の点を自分自身で振り返ってみてください。
 まず、情報をインプットするとき、実は「見ているだけ」や「聞いているだけ」になっていないでしょうか。その情報を積極的に自分の中に取り込もうとしていますか。たとえば、「人の話を真剣に聞くこと」、あるいは「問題文など文章をゆっくり、しっかり読むこと」など、基本的なことができていますか。
 また、正解かどうかは別として、自分なりの答えを見つけようとしていますか。誰かが答えを教えてくれることを待っていませんか。あるいは、失敗を恐れて、自分自身で実際にやることを躊躇していませんか。
 さらに、普段から、外部に対して、自分の考え方やパフォーマンスを披露すること(発信すること)にチャレンジしていますか。これは、そのことが正しいかどうかもありますが、それ以上に、うまく伝えようとする・表現しようとする意識が大切です。
 まずは、うまくアウトプットできるように、自分なりに工夫してください。
 入試直前の3年生は、入試の時にからだのリズムを最高の状態、つまりピークパフォーマンスの状態になるように、寝る時間、起きる時間、食事を取る時間を特に調整しておく必要があります。さらに食事に関しては、下痢を起こさないとかおなかが張らないような食べ物を食べるとか、少しでもアウトプットしやすい環境を整えておく必要があります。
 最後に、3学期は学校に来る時間は驚くほど少ないです。そのことを意識して学校生活を充実させてください。



まずはやってみなはれ! 2017年01月04日(水)

やってみなはれ(http://topics.blog.suntory.co.jp/ から引用)  「まずはやってみなはれ!行動ありきだ」
 サントリーを育て上げた2代目社長の佐治敬三氏の言葉です。先代に学んだ「理屈より行動」の精神を表したものです。
 新しいことにチャレンジすることは、失敗する可能性もあるので、通常はあまりやりたがりません。事前にマニュアルがあり、失敗したときにはすぐ修正してくれる、失敗しないように先回りして整えておいてくれる、このように膳立てがあれば、すぐにチャレンジする人はいるかもしれません。
 一般に何かを選ぶとき、知らないもの、未経験のものから選ぶことはあまりありません。ですから、選択肢を広げる方策として、失敗を恐れずに未経験のことにチャレンジしておくことは大切なことかもしれません。そのチャレンジした経験の積み重ねにより選択肢が増え、結果として大事な決断を迫られたときに、よりよい選択ができるようになるのではないかと思います。大学受験でも部活動の大会でも、勝負どころでは、選択肢がたくさんある方が最終的にはうまくいくことが多いものです。
 初めてのことに対しては、誰でも初心者です。「できなくて当たり前」「失敗しても当たり前」、予期せぬことが起こったり、問題や課題が見つかったりしたときには、逃げずにチャレンジしたいものです。
 ところで、選択肢が増えても選択する能力がないと、どれを選んだらよいか判断に迷い失敗してしまうこともあります。選択肢が増えたとしても失敗してしまうことはあるわけです。
 一方、選択肢が少なくても、選択能力がなくても「それしかない」ことが、むしろ功を奏して成功してしまうことはあります。
 つまり、初心者であっても成功することはあるのです。それは「たまたま」かもしれませんが、チャレンジしなければ成功の確率はゼロです。
 机上論を繰り返しても物事は運びません。ともかくまずはやってみることを第一に考えましょう。それを前提として様々なことに対してトライ&エラーしながら、選択肢を少しずつ増やしていったらよいのではないでしょうか。



理想的には‥ 2017年01月02日(月)

10年前になかったもの(http://www.nomad-cafe-20.com/ から引用)  1月1日の朝日新聞天声人語に『米国の大学で、新学期になると学生にこんな問いかけをする経済学の教授がいた。「10年前には存在しなかったが、いまは身の回りにあるモノを思いつく限り言ってみて」。技術の進歩がいかに人間の暮らしを変えるのか、実感させるためだ▼10年前なら夢物語としか思えなかったものが、どんどん実用化しつつある昨今である。…』とありました。
 10年前の世の中になくて今は普通にあるモノ。ちょっと集中して考えると実にたくさん浮かんでくると思います。例えば、スマホ、無人機ドローン、自動運転車、人工知能(AI)、iPad、自動掃除機、北陸新幹線・北海道新幹線、PocketWiFi、アップルウォッチ・・・。また、今は普通にあるコトでは、交通系ICカードの相互利用サービス、空き住宅を使った旅行者向けの宿泊サービス(民泊)、 コンビニコーヒー・・・。
 この10年の間に生まれた新しいモノやコトは莫大な経済効果を上げてきましたが、これにより、新しく生まれた仕事がある半面、無くなってしまった仕事もありました。
 イノベーションは社会の変化に大きな影響を与えます。今新しいといわれているモノやコトであっても、数年後になくなってしまう場合もあるし、反対に、加速度的に進化する場合もあるでしょう。
 昨年12月21日の中央教育審議会からの答申では「とりわけ最近では、第4次産業革命ともいわれる、進化した人工知能が様々な判断を行ったり、身近な物の働きがインターネット経由で最適化されたりする時代の到来が、社会や生活を大きく変えていくとの予測がなされている。“人工知能の急速な進化が、人間の職業を奪うのではないか”“今学校で教えていることは時代が変化したら通用しなくなるのではないか”といった不安の声もあり、それを裏付けるような未来予測も多く発表されている」としています。
 社会の変化は、今後速度を増し複雑で予測困難となるであろうといわれています。未来を生きる生徒は、どんな職業やどんな人生を選択したとしても、そうした社会の変化が、生き方に影響するはずです。
 ですから、この変化を逃げずに前向きに受け止めていく姿勢をもつ必要があります。
 例えば、自分が思いつき考え抜いたモノやコトを、徹底して前に進める情念や行動力、これはと思ったモノやコトに対して試行回数を上げてトライ&エラーを繰り返してみる粘り強さ、です。
 ただそのようなことが理解されない環境におかれる場合もあります。
 理想的には、そのような環境におかれたとしても、場面や状況を理解しながら、自ら目的を設定し、その目的に応じて必要な情報を見いだし、情報を基に自分の考えをまとめたり、相手にわかるような表現を工夫したりしながら、答えのない課題に対して、多様な他者と協働しながら納得解を見いだせるとよいのですが…



積み立てと引き出し 2016年12月26日(月)

リフレーミング(http://kazokukaigi.com/ から引用)  昨季プレミアリーグ優勝を果たしたレスター・シティで主力としてプレーした日本代表FWの岡崎慎司選手を知っていますか。
 残念ながら、今季のプレミアリーグでは出場機会が激減し、ベンチスタートも多くなってしまいました。しかしながら、アグレッシブな動きでピッチを駆け回る姿は英国の人々を引きつけています。シンジ・オカザキはフットボールの母国でも「ハードワークをいとわないストライカー」として確かな評価を得ているようです。
 以前スクールカウンセラーの先生から、このようなアグレッシブな岡崎選手の母親の2014年6月ブラジル・ワールドカップ直前でのインタビューでの話を聞き、それをYou Tubeで観ました。
 岡崎選手の母は、彼が辛い状況にある時、例えばポジション争いでライバルとしのぎを削っている時、けがで苦しんでいる時、あるいはチーム内で不本意な立場(試合に出られない)に立たされている時など、その状態を「積み立て」といい、辛い時ほど「今は積み立てている時期」と励ましました。反対に上手くいっている時は「引き出し」といって、「過去の積み立てを今引き出しているんだね、また積み立てなきゃあかんね」と伝えていたそうです。
 この「積み立て」と「引き出し」という考え方・表現の仕方は心理学の「リフレーミング」に相当するそうです。
 「リフレーミング」とは、ある枠組み(フレーム)で捉えられている物事について、その枠組みをはずして違う枠組みで見ることを指します。 つまり、自分がおかれている状況や物事の意味を捉えなおして、「そこにあるプラスの意味」を見つけていく作業をします。
 「良いも悪いも本人の考え方次第」と、かのウィリアム・シェークスピアも言っていますが、現実にはこの意味の捉えなおしは、渦中にいる本人には案外できにくいようです。
 だからこそ、カウンセラーが必要であり、カウンセリングでは、本人が「こうだ」と思っている事象の「ほかの意味」を考え、違う立場だからこそ見える「リフレーミング」した「できごとの意味」を相手に返していくことが大切な仕事でもあると言っていました。
 岡崎選手の母が、そのつど伝えてきた「積み立て」と「引き出し」の考え方は、自分が思うようにチーム内で働きができない時やけがで苦しんでいた時の岡崎選手と同様に、辛い状況の中、マイナス感情であふれている人の心の重荷を少し軽くしたり、気持ちを引きしめたりする、いい言葉だと思います。
 今マイナスと思っていることも、「違う見方」や「そこにあるプラスの意味」が見つけられれば、きっと、少し違う今が見えてくるのではないでしょうか。



見通しと振り返り 2016年12月25日(日)

コルブの経験学習モデル(http://www.iicompany.jp/ から引用)  学習の見通しを立て、学習したことを振り返る活動は、主体的・能動的に学ぶことができ、学習内容の定着や意欲の向上に繋がるともいわれています。
 見通しを立てるとは、「予想や仮説を立てること」「課題解決に向けた解決法を考えること」「学習計画を立てること」などといわれますが、今後どのようになるかをおおまかに予測することを指します。
 振り返りとは、「過去の学びを、未来に活かすこと」ともいえます。その時間、その期間やってきたことを振り返ることで「新たな気づき」が出てくるはずです。無から有を産み出すことは難しいことなので、知識や情意を新たな気づきとして得るためには、過去の経験が必要となります。この経験が記憶から薄れてしまう前に、一度振り返り、自身に問いかけをすることで新たな気づきを得ることができます。
 さらに、見通しを立てて学習しそれを振り返るサイクルをつくり、一回りして最初の状態に戻った場合には、学びの質を深めることができるので、「深い学び」に繋がります。
 はじめに何を行うか大雑把な計画を立てます。何かを行う前のこの大雑把で、およその計画が見通しになります。そして何かを行った最後に、そのことを振り返るための機会を設けます。この振り返る機会をつくることが、気付きに繋がり、その気付きが次の新たな計画をたてるときの基盤あるいは課題の設定となります。
 なぜ見通しを立てることが必要かといったら、見通しに基づいて実際に行ってみたときに、うまくいってもいかなくても、その原因を究明するのに役立つからです。
 一般的には、授業のはじめに見通しを立ててから授業を行っているはずであり、授業の最後の部分で、学習した内容あるいは学習態度を振り返っているはずです。ただ高校の場合には、現実的には、これらを省略してしまっている授業が多いのも事実です。学習内容を伝達するという意識から学習内容を定着させるということに重きを置くべきでしょう。ですから、家庭において振り返りをしない生徒は学習の定着が図れないという事態が生じるのだと思います。
 見通しと振り返りの両方を行えば、見通し(大雑把な計画)⇒経験・体験(実行)⇒振り返り⇒気づき⇒再計画というサイクルができます。そして最後に立てられた再計画にしたがって、また経験・体験(実行)することができ、新たなサイクルをまわすことができます。
 模擬試験や定期考査において、試験範囲の内容を、授業で先生から教えてもらったり、自分で勉強したり、友達から教えてもらったりしたところが、試験に出題されたとき、答案返却後にそれを振り返る作業をしておけば、たとえその内容が試験の時にはできなかったとしても答案返却後に、その内容を理解できる可能性は高くなるでしょう。
 しかし、答案が返却されたときに、点数のみにこだわり一喜一憂して、振り返る作業をしなければ、残念ながらその内容を理解することはないでしょう。



2学期終業式 2016年12月22日(木)

校長式辞  最近、世の中の流れは早いし、世界は予想もしなかったようなことが頻繁に起こっているなと思っています。このペースで変化すると、みんなが社会に出て、その中核となるころにはどのような社会になっているかまったく予想が付きません。
 そんな社会で生き抜くにはどのような資質・能力が必要なのかと考えたとき、
 一つ目は、「知識」や「技能」です。
 知識といっても、ある事柄を暗記して、単に知っているというレベルではなく、例えば、知識であれば「理解している」レベル、技能であれば「できる」レベルにまで高めてある、そんな「知識」や「技能」が必要です。このような「知識」や「技能」の質を高めて、その量を増やしていくことが大切です。
 二つ目は、「理解している知識」「できる技能」を活用する能力です。
 「自分自身が経験したことがないこと」や「知らないこと」に直面したとき、その対応や解決のための、思考、判断、表現の様々な過程でそれらを使えるようになることです。
 例えば、
○ 物事の中から問題を見いだし、計画を立て、実行し、振り返って次の問題発見・解決につなげていく過程
○ 精査した情報を基に、自分の考えを形成し、文章やスピーチによって表現したり、互いの考えを伝え合い、多様な考えを理解したり、集団としての考えを形成したりしていく過程
○ 思いや考えを基に構想し、意味や価値をつくり出していく過程
 三つ目は、学んだことを、人生や社会に生かすことができるために必要な能力です。
 社会に出たときに、力を発揮してこそ、社会に貢献でき、よりよい人生を送ることができるはずです。
 そのためには、「様々なところから学ぼうとする姿勢」「学び続けようとする姿勢」「多様性を尊重する態度と互いのよさを生かして協働する姿勢」「リーダーシップやチームワーク、感性、優しさや思いやり」を身に付けることが大切です。
 この三つは、授業をはじめ、部活動、学校行事、ホームルーム、生徒会活動、つまり学校生活を充実させることで身に付けることができると考えています。
 特に授業においては、一方向の講義型の授業の場合、どうしてもみんなが受身になりやすく、能動的ではなくなるので、この三つの資質・能力を身に付けにくいわけです。
 ですから、2学期のはじめより、主体的・対話的な深い学び(アクティブ・ラーニング)の視点での授業をすべての先生方にチャレンジしてもらっているのです。
 主体的・対話的な深い学び、つまりアクティブ・ラーニングについては、以前は、主体的・協働的な学びの方法といっていましたが、ただこの定義では、単にグループをつくり、話し合わせていれば、アクティブ・ラーニングであると勘違いしているケースが多かったので、その定義が変わってきました。
 ところで、3年生は、これからますます主体的・対話的な深い学び(アクティブ・ラーニング)を行わなければなりません。
 つまり、学びに対して、受身ではなく主体的・能動的なものにして、受験勉強に励む必要があります。
 対話については、参考書や教科書との対話、先生との対話、更には、問題を出題した作門者との対話をじっくり行う必要があります。
 また「受験は団体戦」というスローガンがありますが、合格の目標に向けて、みんなが協力して合格を勝ち取ろうという協働性を発揮することです。
 ですから、わからないところがあれば、生徒同士でどんどん教えあってください。そして、少しでも不安なところがあれば、その解消に努めてください。
 また、深く学ぶためには、他の生徒に質問したり、話し合ったりする前に、まずは一人でじっくり考えてみることが大切です。考え方は正しいのか、あるいは別のやり方があるかもしれないかと疑ってみること、知っていることを相手にわかりやすく説明できるように再構成できることも重要になってきます。
 最後に、冬休み、みんなは、やることが多いので、おそらく「あっという間」に過ぎてしまうと思います。
 勉強するときには、見通しを立てながら、一日を振り返りながら、「これをやり忘れた」とか「これをやっておけばよかった」とかいうことが少なくて済むようにしてがんばってください。



レジリエンスとは 2016年12月21日(水)

レジリエンスを鍛える7つの技術(http://www.positivepsych.jp/ から引用)  レジリエンスを知っていますか。レジリエンスとは、「精神的回復力」「抵抗力」「復元力」「耐久力」などと訳される心理学用語です。
 元々は物理学の「弾力」や「跳ね返す力」という意味の用語でしたが、近年、心理学の領域でも物理学と同様に「ストレスを受けた時に、それを(跳ね返す)こころの力」という意味で使われるようになったようです。
 レジリエンスは、強い精神的なストレスを受けたときに、「それを跳ね返す能力」、あるいは「そこから早く立ち直る能力」を示しています。
 例えば、同じような精神的なストレスを受けても、精神的に落ち込む人もいればそうでない人もいます。また、たとえ精神的に落ち込んだとしても、同じような治療を受けて早く回復する人もいれば、なかなか回復しない人もいます。この違いがレジリエンスにあるといわれています。レジリエンスが高い人(「それを跳ね返す能力」が高い人)は、同じような精神的ストレスを受けても精神的に落ち込みにくい。また、万が一、精神的に落ち込んだとしても、立ち直りが早いということです。
 レジリエンスの高い人は次の3つの力を持っています。
1 逆境や困難に直面しても元の精神状態に戻ることができる「回復力」
2 強いストレスにも耐えられる弾力性のある精神を持つ「緩衝力」
3 新しい環境や予期せぬ変化を受け入れて対応できる「適応力」
 自分はどうかチェックしてみてください。
 3年生はこれからいよいよ受験本番です。「失敗してもすぐに立ち直ることができますか?」 それとも、「くよくよ悩んで後ろ向きになってしまいますか?」
 もし、くよくよ悩んで後ろ向きになりそうなのであれば、「失敗するのが怖い」「落ち込んで嫌な気分になる」「うまくいかなかったら、自分の評価が下がるのではないかと不安になる」「失敗したらこの先ずっと立ち直れないのではないか」「失敗するなら、一生懸命やらないほうが言い訳できる」などと考えていませんか。
 一般的な傾向として、自責の念が強い日本人は「失敗は悪」という見方をしがちですが、失敗にも原因があり、すべてが悪というわけではありません。
 不注意や不勉強が原因で失敗した場合には「不用意な失敗」ですから、やはり改める必要があります。しかし、経験不足からくる想定外の出来事に対しての失敗であれば、それほど自分を責める必要はありません。ましてや、難しいことにチャレンジして失敗したのであれば、それはがっかりするよりもむしろ「よい失敗」「次につながる失敗」としてポジティブに認識すべきでしょう。



今後は学習履歴や学習成果が大学入試で重視されます 2016年12月14日(水)

多様な学習活動や学習成果を適切に評価する仕組みの構築(http://www.mext.go.jp/ から引用)  文部科学省の高大接続システム改革会議「最終報告」には、大学入学前の多様な学習や活動に係る調査書や提出書類等の改善については、「大学入学者選抜において、『主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度』を含む『学力の3要素』を多面的・総合的に評価するためには、高等学校段階における多面的な評価への改善の取組を踏まえ、一人一人が積み上げてきた大学入学前の学習や多様な活動等に関する評価の充実を図る。あわせて、これらの評価をその後の大学教育に十分に生かしていく。」とあります。
 また、調査書の見直しについては、「生徒の特長や個性、多様な学習や活動の履歴についてより適切に評価することができるよう、現行の調査書の『指導上参考となる諸事項』等の欄を拡充し、より多様で具体的な内容が記載されるようにする。その際、一定の共通の留意事項(例えば、検定のスコアや取得年次、活動の取組内容や期間など)を踏まえて記載されるよう、『記入上の注意事項』等を見直す。」とあります。
 なお、「最終報告」においては、「学力の3要素」は、 (1)知識・技能、(2)思考力・判断力・表現力等の能力、(3)主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度、としています。
 大学では、高校段階での学習履歴・成果の記録を高校から提出してもらえるようになれば、それを参考に初年次教育を充実させて、大学教育へ円滑に接続させることが可能になります。今までも、学習履歴や活動記録は記載していましたが、調査書のスペースの関係で具体的に記載することは不可能でした。
 多くの大学は、高校から多面的で総合的な評価について情報提供してもらえれば、各大学の個別試験において、それを活用したいと考えるでしょう。
 例えば、総合的な学習の時間、スーパーサイエンスハイスクール、スーパーグローバルハイスクールなどで、探究的な学習を行ったならば、(1)知識・技能、(2)思考力・判断力・表現力等の能力、(3)主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度を測ることができるでしょう。英検、TOEFL等の民間検定ならば(1)知識・技能を測ることになるかもしれません。
 ちなみに、視点を変えて、(3)主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度が身に付いているかどうかを知りたいならば、生徒が学校生活の中で取り組んでいる様々な活動、例えば、運動・文化部の活動や各種大会、生徒会活動、ボランティア活動、留学、就業体験等になると思います。
 多くの学校では、学習履歴というと、今までは通知表の評定くらいで、それ以外では1年からの模試やスタサポの成績やその推移などであったかもしれません。それは大学入試に対応する生徒の学力がどのように伸びたか、変容したか、といった面では重要な記録でした。しかし残念ながら、それらを調査書に学習履歴として載せることはできません。
 今後、高大接続の視点から大学入試のシステムが変わったときに対応できるように、学習履歴や多様な活動等を入学時より具体的な内容で蓄積しておく必要があります。



研究課題の設定 2016年12月13日(火)

次世代育成のための教育・アウトリーチ活動特別研究会(http://www.iis.u-tokyo.ac.jp/ong/ から引用)  過日、東京大学生産技術研究所次世代育成オフィス主催の「次世代育成のための教育・アウトリーチ活動特別研究会」があり参加しました。
 次世代育成オフィス(Office for the Next Generation (ONG))とは、東京大学生産技術研究所が、産業界と連携して、最先端科学技術を学校教育に導入することを目指して設置したものです。
 この次世代育成オフィスは、中央教育審議会の委員でもある東大生産技術研究所教授の大島まり先生が室長をしています。
 この会は年2回開催されます。参加者は、実に様々で、産業界、大学、高校・中学校の校長や教員、文部科学省、内閣府、科学技術振興機構など、様々な分野に所属している人たちです。ただ、皆さん日本の教育、特に科学技術の発展に寄与する教育を願っている点では一致しています。
 今回は基調講演として、東京大学情報学環・学際情報学府教授の山内祐平先生から「インフォーマル学習とワークショップ」というタイトルの講義がありました。山内先生は「アクティブ・ラーニングのデザイン:東京大学の新しい教養教育」という単行本を出していることもあり、講義内容にはアクティブ・ラーニングのことがかなり含まれていました。
 当日は、学校教育における事例紹介、企業・団体における事例紹介、東京大学生産技術研究所における事例紹介の後に、全体討論がありました。
 今回、全体討論会で「課題研究(探究的な活動)をする際の課題設定は難しい」ということを提案しました。というのは、本校のスーパーサイエンスハイスクールの取組のひとつである課題研究において、グループによっては研究課題の設定に4か月くらいかかってしまうからです。私自身、これは生徒に不足しているものがあるのかもしれないと考えたからです。例えば、クリティカルシンキング(批判的な思考力)が不足しているのか、気づく力がないのか、観察力がないのか・・・・
 提案に対する助言として、東京大学の院生でも、自分ひとりで課題設定ができるのは全体の10%くらいで、課題設定のプロセスは難しいとのことでした。高校レベルの課題研究で大切なことは、課題の設定や課題の発見のプロセスを嫌いにさせない、面倒だと思わせないことだという意見が出ました。
 「課題設定ができなければ課題解決などできない」というプレッシャーをかけたり、安易に教員が先回りして課題を示したり、押し付けたりしないことが大切だそうです。つまり、生徒を能動的に研究(探究)させる雰囲気をつくることだそうです。
 教員と生徒の対話の中で、まず小さな課題、あるいは疑問を見出して、それを解決してみる、その探究的な活動のプロセスの中で、新たな課題を見出す、そのサイクルを繰り返す中で、より学びが深まってくるとのことでした。
 本校では、来年度から、総合的な学習の時間には、本格的に探究的な学習を行う予定なので、今回の助言は大変参考になりました。



主体的・対話的な深い学びから得られるもの 2016年12月05日(月)

産業革命の変遷(http://www.gunmabank.co.jp/ から引用)  1990年代には同数程度であった情報・サービス業等(第3次産業)と製造業・建設業(第2次産業)の就業者数は、1995年以降、徐々に差が開き、2020年にはダブルスコアーの差がつき、その差は今後ますます広がると予測されています。
 さらに、AI(人工知能)IoT(すべての「モノ」がインターネットにつながること)、ロボットなどの技術革新がますます進む中、業種内においても、仕事の内容に大きな変化が起こらざるを得ないような状況もでてきたといわれています。
 第2次産業が中心であったいわゆる「工業化社会」では、仕事をする際には、少数のリーダーが多数のフォロワーを導いて行っていました。ですから、簡単にいうと、リーダーには知識や思考力・判断力を、フォロワーには忍耐力や従順性を、求めていました。
 学校教育において、以前はほとんどすべての生徒は、一方向の講義型の授業を受講し、一日中静かに黙って、先生の話を聞いたり、板書してある内容をノートに写したりという授業形態により先生から知識を得ていました。またこの授業形態は、多くの生徒にとっては、そのまま職場でも通用する形態でした。ですから、それがキャリア教育でもあったわけです。
 現在は、世界では英国のEU離脱や米国のいわゆるトランプ現象などにより、政治や社会が混迷し、国内ではグローバル化、急速な技術革新、生産年齢人口の減少など、先行きが不透明な時代になりつつあります。
 そのような時代においては、問題が起こったときに、仕事をするチームのメンバーは、誰かから指示をされるのを待ち、言われるままに動くのではなく、ときとして、主体的に考え、他の人たちと協力しながら、一緒になって、その問題を解決していくことが必要になることが出てくるでしょう。つまり、主体性・協働性(目標の達成に向けてみんなで協力する力)そして、問題解決能力を発揮しなければならない場面が出てきます。
 そのときに、一方向の講義型の授業を受講し、一日中静かに黙って、先生の話を聞いたり、板書してある内容をノートに写したりという受動的な授業形態からは、主体性・協働性、問題解決能力を身に付けることはできません。
 しかし、授業を含め、部活動・学校行事などで、主体的・対話的な深い学び(アクティブ・ラーニング)を効果的に行うことができれば、それらを身に付けることは可能です。そして能力を身に付けることを意識して取り組めば、まさにキャリア教育になります。
 現在学校では、どちらかというと動機づけのために行うイベント的なキャリア教育が多くなっています。
 それも必要ですが、社会に出て必要な能力である社会人基礎力は、毎日の授業を含めた学校生活全体の中で、生徒に意識をさせながら時間をかけることで、育つものだと思います。



日本の高校生は講義型に慣れてはいますが・・ 2016年12月01日(木)

メタ認知(http://www2.nara-edu.ac.jp/ から引用)  少し古くなりますが、平成21年に、日本青少年研究所が、日本、米国、中国、韓国の高校生に対して「高校生の勉強に関する調査」を行いました。
 この「高校生の勉強に関する調査」の結果から、高校で実際に行われている授業形態に関しての日本、米国、中国、韓国の生徒がどのような傾向にあるかがわかります。
 「どんな授業が行われているか」という質問に対しては、「教科書の内容をきちんと教え、覚えさせる授業」という講義型で教科書中心の授業に対して、「そう思う」「半分以上そう思う」を選択した割合は、日本90.9%、中国97.7%、韓国82.0%、米国53.1%であり、米国を除く他の3か国は、講義型で教科書中心の授業形態である高校が多いことがわかります。
 「どのような授業が好きか」という質問に対して、「教科書の内容をきちんと教え、覚えさせる授業」について「そう思う」「半分以上そう思う」を選択した割合は、日本71.4%、中国64.9%、米国31.2%、韓国39.6%でした。日本は、「教科書の内容をきちんと教え、覚えさせる授業」の形態を7割の生徒が望んでいることがわかります。
 ちなみに、「教科書の内容をきちんと教え、覚えさせる授業」への生徒の要望については、米国では、その授業形態は53.1%なので、それほど行っていないし生徒もあまり望んでいないことがわかります。中国では97.7%なので、ほとんどの学校で行なっている授業形態ですが、生徒はあまり望んでいないことがわかります。韓国では82.0%と、ほとんどの学校で行なっている授業形態ですが、多くの生徒はその授業形態を望んでいないことがわかります。
 ちなみに、「グループで課題を決め、考えたり調べたりする授業」を好むかについては、「そう思う」「半分以上そう思う」を選択した割合は、日本51.7%、中国86.9%、米国56.8%、韓国41.6%でした。
 今から5年程前の調査ですが、日本では、授業で教科書の内容をきちんと学び、覚えるべきところは覚えるという講義型の授業スタイルを受け入れている生徒が多いことがわかります。日本人の気質に合っているからでしょうし、明治以来の教授方法ですから定着していることもあるでしょう。
 しかし、生徒も先生も比較的満足している一方向的な講義型の授業を、今この時期に、アクティブラーニングの視点で捉えた授業に改善していかなければならないのは、これからの予測不能で、過去の事例があまり通用しなくなる時代において必要な資質・能力を育てる必要があるからです。
 勇気を持って一歩踏みだし物事に進んで取り組む主体性、一つの目標に向かってみんな協力して事を為し遂げようとする協働性、年齢・性別・地域などのさまざまな違いを尊重して受け入れていく姿勢である多様性を育てていく必要があるからです。
 主体性・協働性・多様性を身に付けるための機会は、授業だけでなく、部活動や学校行事、ホームルーム活動など学校教育すべてにおいてあるわけで、それを学校としては意識して行う必要があると思います。



メタ認知 2016年11月20日(日)

高校生の勉強に関する調査(http://www1.odn.ne.jp/~aaa25710/ から引用)  メタ認知という言葉を知っていますか。
 心理学では、メタとは「高次な・超えた」、認知とは「知識を得る働き、すなわち知覚・記憶・推論・問題解決など知的活動の総称」なので、メタ認知とは、より高い視点から、あたかも第三者のように客観視して、認知を理解したり、振り返ったり、コントロールしたりする能力のことをいいます。別な言い方をすると、メタ認知は、自分の体験や過去の記憶・感情などを、もう一人の自分がどう見ているか考え、その上で、自分の思考や行いを整えていく能力ということもできます。
 メタ認知能力が低い人は、自分と他者を一緒くたに考えてしまいがちです。例えば、自分にとっては素晴らしいものだったとしても、他者から見るとそうではない場合がありますが、そのとき、自分と他者の思考や感覚の違いを把握できず、自分の感覚や感情が、他者も同じように感じると勘違いしてしまうようです。
 そもそも、自分は自分の思考回路や感覚、そして他者は他者の思考回路や感覚があるために、その人なりのこたえがあるわけです。しかし、メタ認知能力の低い人は、出発点である思考回路や感覚の違いがわからずに、自分のもっているこたえが正しいという判断になってしまいます。ちなみに、そういう人に限って自分では自分を自己中心とは思っていないことが多いといわれています。
 メタ認知能力が高い人は、常に自分を客観的に見ることができ、自分の思考や感覚などの認知を、今自分はこう感じているのだなと高い位置から見ることができる人といわれています。ですから、今自分が思ったことや行動について、自分で自分を観察し、第三者的に分析することで、成功や失敗などを評価し、良い面を認めたうえで、自分の失敗も受け入れ、どういった面が悪かったのかを反省し、改善をすることができ、次に実践していける能力を持っているといわれています。
 ところで、メタ認知は、生まれ持った才能ではなく、鍛えることがでるといわれています。つまり、メタ認知は訓練やトレーニングによって高めることができるのです。
 そのひとつは、行った行動についてその結果や過程を振り返ることです。振り返りはとても重要で、学習指導要領にも記載されています。客観的な分析をして、どうしてこういう結果になったのかということを理解し、次に向けて改善していくことが重要なことです。
 例えば、メタ認知が低いためにうっかりミスを繰り返す人は「終わったけれど、うっかりミスはないかどうか振り返ろう」と自分に言い聞かせて意識することなどです。
 また、トライ&エラーを繰り返すことも有効です。そのことにより、認知の認知であるメタ認知の能力が向上するといわれています。
 ただし、これらのメタ認知を鍛えるトレーニングを行うとき、ただ漫然とやっても効果は上がりません。そのためにも、なるべくトレーニングをしていることを意識しながら、メタ認知の能力がアップすることを思い描きながら行うことが大切でしょう。



保護者対象の公開授業 2016年11月18日(金)

学校公開での「公開授業」  11月15日から17日まで保護者の方々を対象に公開授業を行いました。予想以上に保護者の方々の関心は高かったように思います。
 本校では2学期から、すべての先生にアクティブ・ラーニングの視点を持った不断の授業改善をお願いしました。
 アクティブ・ラーニングの視点とはどのようなものかというと文部科学省では「主体的・対話的な深い学び」といっています。各先生には「生徒が受け身ではなく主体的に取り組んでいるか」「教員、生徒同士、場合によっては教科書を作った人、あるいは練習問題の出題者と対話をする機会を設けているか」「先生が与えた知識を自分なりに再構成してそれを表現することができる機会を作っているか」の視点で授業改善を行ってほしいと考えています。
 ところで、アクティブ・ラーニングが初めて初等中等教育に登場したときには「課題の発見・解決に向けた主体的・協働的に学ぶ学習方法」でした。「協働的」という言葉があったためか、グループで学習してお互いに話し合うことばかりが強調されてしまいました。
 文部科学省では、アクティブ・ラーニングを定義したことはないといっています。なぜならば、アクティブ・ラーニングの前には「いわゆる」という言葉を付けているからだとのことです。いまは以前に比べてアクティブ・ラーニングという言葉自体があまり使われなくなり代わりに「主体的・対話的な深い学び」という言い方のほうが多くなっています。そのうちアクティブ・ラーニングという言葉は無くなるだろうともいわれています。
 グループで話し合いをすればなんでもアクティブ・ラーニングだと勘違いしていたケースが多々あったのでこれも仕方がないことかと思います。グループを作ったとしても、そこでの話し合いに参加しない生徒がグループ内にいれば少しもアクティブではありません。
 授業では、必要な知識はしっかり伝えなければいけません。教える内容を樹木と例えたとき、葉や枝の部分に時間をかけすぎていないか、幹の部分(ポイント)をしっかり伝えてあるのか、幹の部分の伝え方の工夫改善はしているのか、生徒が主体的・対話的に取り組むための時間を生み出すためにも「何を教えるか」「どの程度まで教えるのか」の評価やそのための工夫改善は必要でしょう。
 「授業デザイン」シートを見たところでは「振り返り」が記載されていますが、実際の授業では「振り返り」を行っている先生はまだ少数派です。とはいえ、少しでも教科書や問題集の進度を進めたかった私もほとんど振り返りをしたことはありませんでしたので、気持ちはわからないではありません。しかし、「振り返り」については、学習指導要領解説に「これらの指導を通じ、生徒の学習意欲が向上するとともに、生徒が学習している事項について、事前に見通しを立てたり,事後に振り返ったりすることで学習内容の確実な定着が図られ、思考力・判断力・表現力等の育成にも資するものと考える。」とあります。
 今後の授業において「振り返り」をしっかり行い、工夫することについて期待をしているところです。



逆向き設計 2016年11月13日(日)

逆向き設計(http://www.naruto-u.ac.jp/ から引用)  8月に中央教育審議会教育課程部会から報告された次期学習指導要領の改訂に向けた「審議のまとめ」では、『各学校において教育課程を編成するに当たっては、まず学習する子供の視点に立ち、教育課程全体や各教科等の学びを通じて「何ができるようになるのか」という観点から、育成を目指す資質・能力を整理する必要がある。その上で、整理された 資質・能力を育成するために「何を学ぶか」という、必要な指導内容等を検討し、その内容を「どのように学ぶか」という、子供たちの具体的な学びの姿を考えながら構成していく必要がある。』とあります。
 現在、文部科学省が考えている新しい教育の方向は、まずは、生徒が「何ができるようになるか」、つまり身に付けさせたい資質・能力を明確にすることから始まります。
 そして、その資質・能力を身に付けるためには、「何を学ぶか」(教科等を学ぶ意義、教育課程の編成)、そして「どのように学ぶか」(各教科等の指導計画の作成と実施、学習・指導の改善・充実)を考えることが続きます。
 さらに、「何を学ぶか」「どのように学ぶか」を推し進めるために、教師が生徒一人一人の発達をどのように支援するか、そして学習評価を充実させ「何が身に付いたか」をしっかり示すことを求めています。
 このように、何を身に付けさせたいかという教育の成果から逆向きにカリキュラムや授業を設計し、指導が行われた後で、行っていた評価方法を先に構想するものを「逆向き設計」といいます。
 今までの高校教育では資質・能力を育てる視点やそれを評価する視点はほとんどありませんでした。とにかく知識を伝達すること、その知識の定着度をペーパーテストで測り、その得点を評価とすることのみであったような気がします。
 文部科学省から、高大接続システム改革のロードマップが出されても、かなりの高校の先生は、「そうはいっても大学入試はそう簡単には変わらない」「実際に変わったところを確認してからでも遅くない」と考えているのではないかと思います。
 それは、今まで長きにわたって、知識の量を問うような問題ばかりが、大学入試で出題されてきたこともあり、それを願う気持ちはわからなくもありません。
 米国ではトランプ氏が大統領選挙で勝利し、英国ではEUからの離脱にかかる国民投票で離脱派の得票数が上回ってしまい、韓国では朴槿恵大統領の支持率がある年齢層では0%になってしまったことなど、世界はもう十分予測不能な状態になってしまいました。
 2030年ころの変化の激しい予測不能な時代に備えて、次期学習指導要領では資質・能力の育成をまず考え、そこからそれを育てるために「逆向き設計」を行おうとしているわけですが、現在でも十分予測不能の時代に突入していることから考えると、次期学習指導要領の本格的な実施を待たずに、やれることはどんどん始めたほうが良い気がします。



ESDを知っていますか? 2016年11月04日(金)

ESDの基本的な考え方(http://www.mext.go.jp/ から引用)  ESDを知っていますか。ESDとは、Education for Sustainable Development、「持続可能な開発のための教育」のことです。
 文部科学省webページには「今、世界には環境、貧困、人権、平和、開発といった様々な問題があります。ESDとは、これらの現代社会の課題を自らの問題として捉え、身近なところから取り組む(think globally, act locally)ことにより、それらの課題の解決につながる新たな価値観や行動を生み出すこと、そしてそれによって持続可能な社会を創造していくことを目指す学習や活動です。つまり、ESDは持続可能な社会づくりの担い手を育む教育」とありました。
 この取組は、文部科学省をはじめ環境省や外務省など国を挙げて取り組んでいるにもかかわらず、あまり浸透していません。
 ESDが次期学習指導要領の基盤であることは、8月に発表された中央教育審議会の「審議のまとめ」などから理解できます。また現行学習指導要領にも、すでに「持続可能な社会の創造」の視点が各教科に盛り込まれています。
 実は、本校のスーパーサイエンスハイスクールでは、事業の柱のうちのひとつに環境共生型人材の育成を掲げています。これはまさにESDです。ですから生徒が意識しないうちにすでにESDに取り組んでいたことになります。残念なのは、取組自体は行っていましたが、趣旨を理解し、深く掘り下げるところまでに至らなかったことです。
 本校のこれまでのESDは環境と限定していました。しかし、世界で起こっている問題、あるいは地域の課題は多種・多様です。そのあたりを踏まえると、本校の場合、理数科の生徒だけでなく、学校全体でそれぞれの生徒が「これは!」と思った分野についてESDの視点で探究的な学習をすることの必要性を感じています。
 ちなみに、平成20年の教育振興基本計画には、「ユネスコにおいては、地球的視野で考え、様々な課題を自らの問題として捉え、身近なところから取り組み、持続可能な社会づくりの担い手となるよう一人一人を育成する教育(持続発展教育/ESD)が提唱されており、2005年から2014年までの10年間は、『国連持続発展教育の10年』と位置付けられている。地球的規模での持続可能な社会の構築は、我が国の教育の在り方にとっても重要な理念の一つである」と具体的な記載があります。
 更に平成25年の第2期教育振興基本計画では「持続可能な社会の構築という見地からは、『関わり』『つながり』を尊重できる個人を育成する『持続可能な開発のための教育(ESD)』の推進が求められており、これは『キー・コンピテンシー』の養成にもつながるものである」あるいは「現代的、社会的な課題に対して地球的な視野で考え、自らの問題として捉え、身近なところから取り組み、持続可能な社会づくりの担い手となるよう一人一人を育成する教育(持続可能な開発のための教育:ESD)を推進する」とあります。
 学習指導要領は、教育振興基本計画の影響を受けますから、ESDは次期学習指導要領でもさらに推進されると思います。



ラーニングピラミッド 2016年11月01日(火)

ラーニングピラミッド(http://www.nucba.ac.jp/ から引用)  アクティブ・ラーニングの説明には、このピラミッドがよく出てくるので、見たことがある人は多いかと思います。
 このピラミッドはラーニングピラミッドといって、米国の国立訓練研究所(National Training Laboratories) が学習形態ごとの平均学習定着率(Average Learning Retention Rates)を調査して作られたものです。(数値が併記されているものもありますが、それ自体は科学的に裏付けられたものではないそうです)
 授業をしてから半年後にその内容を覚えているどうか、その定着の割合を、学習形態によって分類比較したものです。
 これを見ると、ただ講義を受けた場合は5%しか覚えていません。読書ならば10%、視聴覚ならば20%、デモンストレーションならば30%、グループ討論のときは50%、自ら体験すると75%、他の人に教える場合には90%は覚えているという結果になったそうです。
 つまり先生がどんなに一生懸命に一方向の授業をしても、それを聞いていた生徒は、半年後にはその内容をわずか5%しか覚えていないということになります。一方、このピラミッドによると、一方向的に授業をしていた先生は、半年後にその内容の90%を覚えていることになります。自分が授業していた時を振り返ると「なるほど!」と思ってしまいます。
 また、現在文部科学省では、アクティブ・ラーニングを「主体的・対話的な深い学び」と定義づけています。北米から学習方法のうちの一つとして日本に取り入れられたアクティブ・ラーニングは日本の教育になじむように試行錯誤されていますが、授業のとき教室の中で最も「主体的・対話的な深い学び」をしているのは一方向的な授業をしている先生自身であるということになってしまいます。
 この調査に基づくならば、「私がこんなに一生懸命教えているのに、なぜ生徒はできないのだ」と考えても、それは当然の結果かもしれません。授業で出した課題を生徒が自宅で「主体的・対話的に」に学習することで知識が定着しているのかもしれません。
 ラーニングピラミッドでは下に行くほどアクティブ・ラーニングの要素が強まっており、そこでの相関関係が明瞭に顕れているといえます。
 明治以来、勉強といえば、授業では「トーク&チョーク」、そして講義や板書の内容を書き取りして、とにかく覚えることが大切だと思ってきました。しかし、そのやり方はラーニングピラミッドによると一番効果が低い勉強法だったのです。
 もちろん、講義形式の授業で学ぶこと自体を否定しているわけではありません。たくさんの量の知識を伝達するには一方向の講義形式が有効でしょう。家庭学習と組み合わせれば効果もあります。
 ただ一方向の講義形式だけでは不十分であり、学習定着率からすると効果がないことを自覚しながら、様々な学びの方法を工夫する必要があると思います。



今後の教育を考えると・・ 2016年10月27日(木)

主体的・対話的で深い学びの実現(http://www.mext.go.jp/ から引用)  10月25日26日に、東京にある国立オリンピック記念青少年総合センターで、文部科学省主催の「全国高等学校教育改革研究協議会」があり参加しました。
 研究協議会の最後の講評において、文部科学省の主任視学官である清原洋一先生が以下のような趣旨を話していました。
 現在、教員の意識改革が必要だといわれている。今までの手法の何が悪いのか。諸外国から見ると日本の教育は評価されている。海外の教育関係者からすると「これだけ日本は評価されているのに今なぜ学習指導要領を変える必要があるのか」と聞かれる。国際学力調査(PISA、TIMSS)での日本の成績は常に上位である。人口が一億人以上の国においてこれだけの学力水準を保っているのは特筆すべきことであるというのが各国の見方である。
 ではなぜ変えるのか、日本の子供たちの一番の課題は、資質・能力の三つの柱「知識・技能」「思考力・判断力・表現力等」「学びに向かう力・人間性等」のうちの「学びに向かう力」が不足している。なぜ学ぶのかという意識が低い。学ぶ意義を生徒はどう考えているのか。
 目先の成果だけを考えると考えが狭くなる。大学入試や就職試験は所詮通過点でしかない。大学へ進学した生徒も最終的には社会人になる。問題は生徒が社会人になったときに社会でどのように活躍しその後よい人生を送れるかである。
 文部科学省では2030年の社会をターゲットにしている。世の中はめまぐるしく変化している。10数年先には今ある職業がなくなっているかもしれない。意欲をもって、自ら学ぶ姿勢を身近なところから身に付けていかないといけない。
 アクティブ・ラーニングという言葉はインパクトがあったので、かなり浸透しているが、誤解されているところもある。誤解を解いていかなければいけない。アクティブ・ラーニングの本質は、自ら課題を発見し、それを解決するための主体的・協働的な学びである。
 目指すところは、どのような資質・能力を持った生徒を育てるかというところであり、それを明確にし、共有していかなければならない。そうすることで、どのように授業を改善していったらよいのかが明確になる。例えば授業中に、生徒は主体的になっているか、対話的になっているか、深い学びはあるのか、そのためにはどのようにすればよいのか。
 また、授業で深い学びを得るには見通しと振り返りが大切であるが、毎日の授業においてそれがなされているのか。その意識を共有することが必要である。意識を共有する際には抽象的なものでは駄目である。より具体化していることが大切である。
 今、ベテラン教員と若手教員を交流させ、ベテランのよいところを若手に伝えていかないといけない。日本の教員の年齢構成を考えたときに、現在「ふたこぶ型」になっている。次の学習指導要領改訂の時には現在のベテランはほとんどいない。どのようにして日本の教員の高い資質・能力を若手に伝えていくのか・・そう考えると今後日本の教育がますます発展していくのか、それとも衰退していくのか。現在がその分岐点ともいえる。生徒同様、先生も主体的・対話的な深い学びを身に付けてほしい。



先生の意識改革 2016年10月26日(水)

学校公開での「公開授業」  これから先生の授業に関しての評価はだんだん変わるでしょう。
 今までのよい授業は、黒板に向かって生徒全員が黙々と板書してあるものをノートに写す、教室の中では先生のしゃべっている声以外は聞こえない、もちろん私語はゼロ。このような授業ができる先生が指導力のある先生であり、また、知識が豊富で、難しい内容でもわかりやすく教えてくれる先生が教え方の上手い先生と評価されていました。
 今もそうかもしれませんが・・先生がよい授業するためには<「トーク」&「チョーク」そしてたまに「ジョーク」>。これがよい授業をするためのキーワードだったかもしれません。いわゆる進学校においては、生徒を引きつける知識や話術、黒板を有効に使った整理された板書、集中力がとぎれそうになったとき、再び集中させるための笑いをとるためのユーモアやジョーク。これらを駆使しながら一斉授業を展開できる先生がよい先生のひとつのスタイルだと思います。
 ただこの形態では多くの生徒は完全に受け身(受動的)なってしまいます。授業中に、インプットはできますが、再構成して、アウトプットする時間はありません。生徒の中には、先生がしゃべっている内容(インプット)をその場ですぐにまとめてしまう(再構成)とか、板書をノートに写すときにいったん自分で考え(再構成)それをノートに書いている(アウトプット)とか、そのようなことをしている生徒はいます。
 現在「頭がよい」といわれている生徒はそのような能力が優れているのでしょう。その場合は能動的といえるかもしれません。ただ今後必要とされる協働性・多様性・主体性あるいはリーダシップなどは身につくことはないでしょう。
 ところで、いわゆるアクティブ・ラーニングというとすぐにグループ学習と考えがちです。先生が最初ちょっとだけ説明し、残りの時間はグループ学習というのはいかがなものかと考えてしまいます。このことが危惧されるので中央教育審議会の「審議のまとめ」では、「アクティブ・ラーニングとは主体的・対話的な深い学び」のこととなったようです。
 知識伝達は必要ですから、一斉授業でしっかり聞かせる時間は絶対確保すべきです。グループで学びあうにも基盤となるべき知識が生徒になければ雑談で終わります。
 また、学びあう前に短時間でも一人で集中して考える時間も必要です。限られた貴重な授業時間をどう有効に使い、生徒に資質・能力を身に付けていくか、それをマネージメントする能力がこれからの先生には求められます。
 そのためには、生徒にも時間を常に意識させる工夫は必要でしょう。例えば、最初に授業展開のスケジュールを示している先生もいます。生徒が授業を能動的に行うためにはスケジュールを予め示して見通しを持たせることも大切なことです。その際には、先生は生徒に示したスケジュールを必ず守ることです。生徒たちが学びあうための時間を一斉授業により奪わないことは重要なことです。
 高大接続システム改革は、明治以来の教育システムの大転換ですが、先生の意識改革がどのくらい進むのか、それが改革の成否を決めるポイントかもしれません。



授業デザイン 2016年10月24日(月)

学校公開での「公開授業」  本校では、アクティブ・ラーニングの視点を持った授業(主体的、対話的な深い学び)(以下「AL型授業」)への改善を計画的に行っています。
 その一環として校内の公開授業を10月22日(金)24日(月)の2日間行いました。
 さらに、11月には3日間公開授業を計画していますが、これは本校の先生同士で互いにAL型の授業を見せ合うだけではなく、広く保護者にもAL型授業を見てもらうことが目的です。
 教科が異なったとしても、授業の進め方や生徒の学習活動を活性化させる方法など、各先生が工夫しているので、先生同士が互いに授業を見せ合うことは、自分自身の授業改善にとって、参考になるはずです。
 今回、指導案の代わりに、指導案を少し簡略化した授業計画書ともいうべき、「授業デザイン」シートを、公開授業に際して授業ごとに先生に作成してもらうことにしました。
 指導案というと、やはり教師主導の一斉授業をイメージしてしまうので、少しでも払しょくするために、あえて「授業デザイン」としました。
 「授業デザイン」シートのメインは、授業に臨む生徒の態度目標、教える内容目標、授業スケジュール、教えた知識の活用です。
 授業スケジュールは、原則として「傾聴」「集中」「学びあい」「振り返り」の4つのカテゴリーを、50分の授業スケジュールの中に組み込んでもらいます。
 「傾聴」とは、教師(仲間)の話を集中して聞くこと
 「集中」とは、黙って静かに自分1人でやること
 「学びあい」とは、ペア又はグループの人と話し合うこと(質問、説明など)
 「振り返り」とは、学習内容を復習したり、リフレクションしたりすること
 と定義づけてあります。
 公開授業期間中、先生方の授業を見させてもらいましたが、様々な工夫をしながらAL型授業にチャレンジしていました。授業公開日に向けて、どのような授業スケジュールが効果的なのかを時間をかけて考えていたそうです。
 気になったところは、「学びあい」です。「学びあい」を行うためには、生徒の自己開示が前提になります。本校の生徒の多くは、自己開示は比較的できています。しかし中には苦手な生徒もいますので、その生徒をどうするかは課題です。
 グループ形式にしたとき、グループ内で1〜2名参加しない(できない)生徒がいるときがあります。課題としては自己開示できる生徒でも協働できない場合があります。
 京都大学の溝上慎一先生から「『学びあい』をはじめる前に、一人一人が自身で考える時間を設定しておくことがフリーライダー(学びあいに参加しない生徒)を作らないために重要なことだ」と伺ったことがあります。確かに、「学びあい」を始める前に「集中」を入れている先生のグループ学習には全員の生徒が参加していました。
 次に、授業に緊張感を持たせるためには、時間を意識させながら、様々な学習活動をさせることが大切です。教室の時計を活用している先生が多かったですが、タイマーを使いながら授業をコントロールしている先生を多く見受けましたが、時間を知らせる音が鳴るので効果的でした。スクリーンに時刻をデジタル表示している先生もいました。
 ところで、「学びあい」をしているときの先生の役割についてはファシリテーターがよいと思いました。中には、生徒たち自身で答えを見出すための協働作業のときに、グループ巡視をしながら、生徒からの質問に解説・解答をしてしまっているケースも見られました。じっと我慢して答えをいわずにグループで解決させるための指示を出すほうがよいでしょう。
 また、グループ学習の時は、生徒の学習状況を評価するのに絶好のチャンスです。今後はどのような生徒を育成したいのか目指す生徒像を各教科・科目で決め、ルーブリックを作り評価していくことも必要になるでしょう。一方向の一斉授業ではできませんでしたが、今後は生徒の学習評価ができるはずです。
 今回先生方のAL型授業が多様であることであることに気が付き大変参考になりました。次回の公開授業までに工夫がなされ、さらに授業が深化するであろうと期待できます。



運営指導委員会 2016年10月16日(日)

運営委員会での「サイエンスフェスタの発表」  10月15日に、群馬県教育委員会が主催した本校のスーパーサイエンスハイスクール(以下「SSH})の第1回運営指導委員会が開催されました。
 運営指導委員会とは、群馬県教育委員会が文部科学省のSSH実施要項に基づき、設置する委員会で、学校教育に専門的知識を有する者、学識経験者、関係行政機関の職員等によって組織され、SSHの運営に関し、専門的見地からSSHの取組に対して指導、助言、評価を行います。
 本校は、平成19年度に文部科学省からSSH研究開発校に指定され、平成23年度までの5年間及び平成24年度から平成28年までの継続5年間の計10年間 にわたり、SSH研究開発に取り組んできました。
 文部科学省は、平成14年度に科学技術・理科教育の充実のための取組を総合的・一体的に推進する「科学技術・理科大好きプラン」を開始しました。このプランのうちの一つがSSHになります。
 私は、SSHが始まりました平成14年度からしばらくの間、いろいろな立場でこの事業にかかわった時期がありました。4月より本校の取組を見ていますと課題はありますが、学校全体で熱心に取り組み、それが学校の活性化につながっていると感じています。
 文部科学省からの中間評価の際に、本校の取組について、いくつか指摘されましたが、運営指導委員会での委員の皆様からの適切な指導・助言により、それを受けての改善がなされて、現在は良い取組になってきました。
 群馬大学理工学部との連携による課題研究、生徒による小中学生を対象としたサイエンスフェスタや小学生に対しての出前授業、米国西海岸での研究所、大学、高校への訪問などを含めた研修など、本校独自の取組が見られます。
 SSHについては、本年度が最終年度ですので、3期目のSSHの指定に向けて、申請書を出す予定でいます。
 現在、本校で探究的な学習を行っている生徒は一部に限られているのが現状です。改訂される学習指導要領で求められている資質・能力の三つの柱を育てるには、探究的な学習を行うことが必要になってきます。そのことにより思考力・判断力・表現力が身に付くはずです。
 学校全体で探究的な学習を行うために、総合的な学習の時間を有効に活用すること、さらには文部科学省のスーパーグローバルハイスクールの取組などを視野に入れることも考えているところです。



PTA講演会あいさつ-最近の教育事情について- 2016年10月14日(金)

PTA講演会あいさつ  お忙しい中、PTAの皆様には、PTA講演会にご参加いただきありがとうございます。
 また本日は、産業能率大学入試企画部長の林様には、日々お忙しい業務の中、桐生高校のために、午後の部に続き、夜の部でもご講演いただき、大変ありがとうございます。
 林部長様には、実は7月に本校の教職員に対してもご講演をいただいています。
 さて、あまり聴きなれない言葉ですが、現在は「知識基盤社会」といわれています。この「知識基盤社会」とは、新しい知識・情報・技術があらゆる領域での活動基盤になる社会のことをいいます。またこのような社会では、知識は常に更新され、更新されたとたんに今までの知識は陳腐化(価値は低下)してしまいます。その更新のサイクルは今後ますます、加速度的に進むといわれています。
 今もその変化のプロセスの一端を見ることができます。例えば、人工知能(AI)について、「東ロボくん」はセンター試験模試で「偏差値57.8」、数学と世界史は偏差値60超えをしています。自動運転車についても、日産をはじめ各国・各メーカーが技術開発競争を繰り広げています。さらに、2020年の東京五輪・パラリンピックでは、訪日客の「おもてなし」を目指して、人型の接客ロボットの検証実験が行われています。日本政府もロボット工学に大規模投資することも約束しています。
 このような社会の激しい変化は私たち大人が想像するよりもはるかに速くすすむはずです。そのような社会ではどのような能力が必要なのでしょうか。おそらく保護者の皆さんが高校生の時に必要だと感じていた能力、あるいは現在必要だと思っている能力とは全く異なった能力でしょう。
 現在文部科学省では、2030年のころ日本を背負っていく世代をターゲットに、その時代に必要な資質・能力を身に付けられるような明治以来最大の教育システム改革を行う準備を進めています。14年後に社会の中核となる30歳〜40歳の世代が、まさに現在の中学生、高校生、大学生です。
 この改革は、高校教育改革、大学入試改革、大学教育改革の3つの改革を一体的に考えていく教育システムの改革です。今まで高校教育は大学入試が変わらないから変われないといってきました。しかしこれから、センター試験や個別試験が変わります。そして、今行われている大学入試においても、すでに新しい学習指導要領で求められている資質・能力をみるような問題は出題されています。
 本日講義をいただく林部長様には、なぜシステム改革を行う必要があるのかその背景についてお話をしていただく予定です。
 なお林部長様は、最新の文部科学省や大学入試の動向、あるいは企業の採用動向などについてもかなり詳しいので、講演でも触れるかと思いますが、もし疑問点がありましたら講演の最後に、遠慮せずに質問をしていただければと思います。どうぞよろしくお願いします。



成功の反対は失敗ではなく、チャレンジしないことだ 2016年10月10日(月)

勝つ組織(http://www.kadokawa.co.jp/ から引用)  「成功の反対は失敗ではなく、チャレンジしないことだ」
 この言葉は、「なでしこジャパン」をドイツW杯で優勝、ロンドン五輪で銀メダルに導いた佐々木則夫監督の言葉です。
 残念ながら、佐々木監督はリオ五輪に出場できなかった責任をとって辞任しました。
 かつて弱小といわれた「なでしこジャパン」を、短期間に世界のトップレベルにまで引き上げたことはまさに奇跡です。
 佐々木監督のやり方は、様々なことに積極的にチャレンジし、たとえ失敗してもそこから課題を見出し、その課題を工夫改善し、また再度チャレンジするサイクルを繰り返し行うことのようです。
 前例を踏襲し、それ以外は何もやらないこともひとつのやり方ではあります。「前例どおり」「前回と同じ」であれば、マニュアル化されていますから考えずに行えるので楽です。基本的には誰からも何も言われませんし、たとえうまくいかなくても「前例だから」「前回と同じだから」と言い訳もできます。
 新しいことや自分の能力よりレベルの高いことにチャレンジすれば、当然失敗する確率は高くなります。しかし、チャレンジすることで、たとえ失敗しても課題は見えてきます。
 そうすれば、成功するためにこれから何をやったらよいか、成功までの道のりはどれくらいあるのかなど、を考えることができます。
 失敗は、成功までの途中過程であって、プラスになる価値あるもの、と考えれば自然と前向きになれます。またチャレンジしようという意欲が湧いてくるでしょう。
 チャレンジすることは、たとえ失敗したと思えることであっても、決して無駄にはなっていません。なぜなら、チャレンジすることで自分自身は必ず成長しているからです。
 何かにチャレンジしなければ、失敗はありません。別な言い方をすると、失敗している人の多くは、うまくいく可能性の低いものに勇気を持って挑んだということでもあります。
 最初から、臆病で腰が引けている場合は失敗しません。なぜなら、それは出来そうにないことから逃げてしまって、安全な場所にいるからです。ただそれは、「失敗しない」のではなく「チャレンジしていない」ともいいます。リスクを取らない人には、リターンはありません。苦しみは無いかもしれませんが、喜びを得ることもできません。
 「失敗するかもしれない」と躊躇してチャレンジしなければ、最初と何も変わらず、何も得られずに、よくて現状維持です。現状維持は実は時間が経過している分だけマイナスです。
 生徒の皆さんは、失敗を恐れずに、躊躇することなく、最初の一歩を踏み出してチャレンジしてください。



知的な初心者 2016年10月09日(日)

カリキュラムデザインのための概念と「学力の三要素」の重なり(http://www.mext.go.jp/ から引用)  「知的な初心者」とは、新しい領域を効率的に学習することのできる人をさします。
 学校のテストで出題される問題はほとんど「答えのある問題」です。ですから、学校のテストでは多くの場合、正答である知識(事実的知識)を理解し記憶しておいて、それを答えればよいわけです。
 しかしそれは、新しく生み出すものではなく、あらかじめ決まっているもの(事実的知識)をいかに早く、正確に覚えて、時間内に効率よく再生することです。それはそれでよいのですが、実社会に出るとそれだけでは通用しません。
 現状としては、学校の成績は、正答である知識を理解し、記憶し、再生することの出来不出来がかなり影響します。また大学入試においても、センター試験はもちろん、多くの個別の大学入試も同様であり、その結果でほぼ合否は決まっているようです。
 ただ、現在文部科学省が進めている、いわゆる三位一体改革といわれる高大接続システム改革では、そのことに対してメスを入れて大学入試を改革しています。
 今まで、多くの高校関係者は、高校教育は大学入試が変わらないから、高校の教育のやり方を変えることができないといってきました。しかし今度は、この大きな流れにより高校教育も変わらざるを得ないと思います。
 ところで、答えのある問題を解決するには、究極には、答えを知っている人に聞いたり、インターネットで答えを調べたりすればそれで済んでしまいます。
 しかし実社会で直面する問題のほとんどは、「誰も答えを知らない問題」であり、その事態から学んでいくしかありません。知的に対処する先行知識(学校で学んだこと)を直接利用できないような問題を解決していかなければなりません。
 このように、先行知識を直接利用できない場面には、誰もがその問題の「初心者」といえます。ですから、実社会を乗り切れるように、実社会の問題を解決できる「知的な初心者」を育成することが大切になります。
 特に、変化が激しくリスクの多い時代では、経験したことのない難題が次々と登場します。その難題に対しての正答をどこからも持ってくることができません。自分で試行錯誤しながら解決していかなければならないのです。
 したがって、「知的な初心者」になるためには、新しいことに挑戦する気持ち、新しいことは失敗する可能性が高いので失敗を恐れない気持ち、成功するまで粘り強く続ける気持ち、直面している課題に対して積極的に向き合える気持ちなど、を身に付けることが大切になります。
 そのような気持ちが身に付くような仕掛けを、授業をはじめとした学校生活の中でつくれるとよいのですが・・・



変化の激しい社会はすでに始まっている 2016年10月03日(月)

学習指導要領改訂の背景(http://www.mext.go.jp/ から引用)  現代社会は、「知識基盤社会」であるといわれています。「知識基盤社会」とは、「新しい知識・情報・技術が政治・経済・文化をはじめ社会のあらゆる領域での活動の基盤として飛躍的に重要性を増す社会」と定義されています。「知識基盤社会」は平成17年の中央教育審議会答申「我が国の高等教育の将来像」で登場しました。
 「知識基盤社会」では、知識は絶えず更新されており、やっと得た新しい知識であっても、あるときふと気づいたときにはすでに役に立たなくなっていることが往々にして起こります。日常生活を振り返るとそのような事象が最近多くなりました。
 ですから、「知識基盤社会」では常に新しい知識を得るために学び続けなければなりません。そのようなことから今の社会を「生涯学習社会」などともいいます。現行の学習指導要領では、この「知識基盤社会」でどう生き抜くかが根底にあります。
 ところで、現在の大きな課題は、この「知識基盤社会」の変化のスピードが予測を超えてはるかに速くなっていることです。
 グローバル化や情報化等の変化が加速度的となる中で、IoT、ビッグデータ、AI(人工知能)の進化等による急速な社会変革もそう遠くない将来、現実のものになるはずです。
 いまテレビやネットのニュースにも見られるように、AI(人工知能)の予想以上の健闘、自動車の自動化(自動走行車)、東京オリンピック・パラリンピックに向けたロボット活用推進政策など、10年20年後の日本社会のプロセスを見ることができます。
 現在、進行している明治以来の教育改革は、高校教育、大学入学者選抜、大学教育の3つのシステムの一体的な改革ですが、文部科学省は、最終的には幼稚園教育から大学教育までを一貫した教育システムをつくり実社会・実生活につなげようとしています。
 以下に資質・能力の三つの柱を示しますが、学力の三要素がもとになっています。
@ 生きて働く「知識・技能」の習得
A 未知の状況にも対応できる「思考力・判断力・表現力等」の育成
B 学びを人生や社会に生かそうとする「学びに向かう力・人間性」の涵養
 今年中に、中央教育審議会から新しい学習指導要領に関しての答申が発表されます。
 在校生にはこの答申は一見関係なさそうですが、実は違います。大学に入学して受ける教育も、この資質・能力の三つの柱を育てていく教育が基盤になります。
 またそれ以上に、在校生は、10年20年の予測のできない社会で、若手・中堅の社会人として対応していかなければなりません。そのためにも、桐高としては、資質・能力の三つの柱を育てていくために、実施できるものから順次はじめたところです。



学校公開あいさつ 2016年10月01日(土)

校長あいさつ  本日は、お忙しい中、本校の学校公開にお越しいただきまして、ありがとうございます。
 8月の学校説明会は桐生市市民文化会館シルクホールで開催しました。そのため配布した「学校案内」には桐高の様子を満載したとはいえ、桐高の雰囲気を十分に伝えることができませんでした。
 きょうは桐高を全面的に公開します。本校の授業を観たり、部活動を観たり、理数科生徒によるサイエンスフェスタに参加したり、桐高生になったつもりで学校生活を体験してください。
 ところで、桐高のイメージといえば、「学校案内」にもあるように、「山紫祭や大運動会と火文字」「映画やテレビのワンシーンに出てきそうな校門」「文武両道」「県内屈指の理数科」「スーパーサイエンスハイスクール」「駅から近い高校」などでしょうか。皆さん一人一人が、それぞれの桐高のイメージをもってくれると、ありがたいです。
 桐高の在校生は、ほとんど全員が桐高大好きです。
 桐高では、生徒自らが鍛えるという気持ちを基盤にしながら、授業、部活、学校行事で、主体的に、積極的に、そして生徒同士が互いにリスペクトしながらチームワークを発揮しています。また授業は深く学べる授業を行っているところです。
 将来の新高校づくりに向けて、本年度、「グローバル社会で活躍できる人材育成の基盤づくり」をミッションとして掲げました。
 このミッションを達成するために、今年度からコミュニケーションツールとしての英語力を高める取組を始めました。これからの時代、文系、理系どちらへ進学しようが英語は必修です。また将来外国で働こうが、国内で働こうが英語を避けて通れません。そのために本年度より英検の全員受験を始めました。
 また、身に付けた英語力を活用するために、12月にベトナム研修及びフィリピン・セブ島での語学研修、3月に米国研修を行う予定です。
 最後に入試の概要を説明します。詳しくは担当から後ほど説明します。
 本年度の入試では前期選抜・後期選抜どちらも英語を重視します。
 前期選抜では、A・B選抜、理数科、問わず英検準2級以上は評価します。
 また、後期選抜の理数科の学力検査では、英語の配点を昨年度まで100点であったものを200点にします。
 最後に、前期選抜において、いわゆる難関校では総合問題を出題するところがありますが、桐高では県教育委員会作成の3教科の学力検査を行います。
 前期選抜では基礎学力はもちろん重視しますが、まずは皆さんの中学校での活動を重視したいと考えています。3年間の中学でのがんばりを、評価してほしいと考えている中学生の皆さんは、本校をぜひ受験してください。
 本日は、限られた時間ではありますが、本校の学校生活を桐高生になったつもりで、よく観たり聴いたりしてください、そして疑問がわいたら、遠慮せずにすぐに質問してください。



教科を学ぶ意義とは 2016年09月29日(木)

学習指導要領等の構造化のイメージ(http://www.mext.go.jp/ から引用)  生徒は、教科や総合的な学習の時間(以下「教科等」)をなぜ学ぶのか。そして、教科等を学ぶことでどのような力が身に付けることができるのか。中央教育審議会では、教科等を学ぶ本質的な意義を明確にするための議論を重ねてきたようです。
 これからは、教科等を学んだら生徒はどんな力を身に付けることができるのか、身に付けた力をどう活用していけるようになったのかが、問われる時代になりそうです。
 いままで学校の授業においては、教科等を学ぶのはその内容(コンテンツ)である知識を身に付けるためといってきました。ですから、生徒から「こんな内容を勉強しても将来何に役に立つのかわからない。」「社会に出たときに、高校で学んだ知識は役に立つのか」といわれました。大学受験する生徒へは「大学合格のためには知識が必要だ」「大学に入って学ぶときに、高校で身に付けた知識が基礎になる」とかいっていました。
 これからの授業は、コンテンツである知識はもちろん生徒にとって大切ですが、コンピテンシー(資質・能力)を生徒に身に付けるという大きな方向転換を迫られることになりそうです。
 しかし、「なぜ勉強するのか」という生徒からの質問に対して、勉強することで身に付いた「資質・能力は将来役に立つ」というほうが説得力があるような気がします。
 事実、この資質・能力は、幸福な人生を送るため、あるいは持続的に発展する社会づくりのために必要なものだといわれています。
 ところで、資質・能力の三つの柱である「知識・技能」「思考力・判断力・表現力等」「学びに向かう力・人間性等」で考えてみると、今後、教科等の学習は、知識・技能のみならず、思考力・判断力・表現力等や学びに向かう力・人間性等を、それぞれの教科等の特質に応じて、生徒の学習対象としやすい内容事項と関連付けながら育んでいく役割を持つことになります。
 ただし、各教科等で育まれた力を、当該教科等以外の、実社会の様々な場面で活用できる「汎用的な能力」や「教科等横断的に育む資質・能力」を育成していくためには、学んだことを、教科等の枠を越えて活用していく場面が必要となります。そうした学びを実現するためには教育課程全体の枠組みが必要になるといわれています。
 今回の改訂においては、全ての教科等について、「この力はこの教科等においてこそ身に付く」といった、各教科等を学ぶ本質的な意義を捉え直す議論が展開され、各教科等において育成を目指す資質・能力が三つの柱に基づき整理されているようです。
 「コンテンツを踏まえながらコンピテンシーへ」、生徒に身に付けさせるものが変化していく中、授業方法を不断に工夫改善していくことは避けて通れないような気がします。



ガイアの夜明け:社員を鍛える! 2016年09月28日(水)

今こそ、社員を鍛える!(http://txbiz.tv-tokyo.co.jp/ から引用)  毎週火曜日の午後10時からテレビ東京で、「日経スペシャル ガイアの夜明け」という番組があります。昨日放送の内容は、<シリーズ「働き方が変わる」第14弾 今こそ、社員を鍛える!>でした。
 かつて日本の企業は、終身雇用が一般的であり、社員を育てるのは、同じ会社の上司や先輩の役割でもありました。しかし、グローバル化が進み、転職や中途採用も増えている状況下、社員を鍛えるためのユニークな研修方法がぞくぞくと出てきており、番組では、その研修のようすを紹介していました。
 ひとつは、社員を東南アジアなどの新興国に送り込み、本業で培ったスキルを生かして貧困などの社会問題の解決のために活動させる、そんな人材育成のプログラムを紹介していました。このプログラムを導入している大手企業は多くなってきたそうです。
 大企業では、自分の仕事がどれだけ社会の役に立っているのかが見えず、「働く意味」や「仕事のモチベーション」を見出せない社員が多くなり、そうした社員に社会貢献の機会を与えることで、「自分のスキルが社会の役に立つ」という実感を与え、自ら新たなアイデアを生み出せる人材へと成長させるのがねらいだそうです。
 もうひとつは、北海道・美瑛町で、異業種の大手企業の社員たちがぶつかり合う「リーダー育成」の研修のようすを追ったものでした。それぞれ企業文化や社風が異なる組織をもつ企業から5、6人ずつ送り込まれた社員たちが、ごちゃ混ぜでチーム編成され、半年間に2泊3日の合宿を計6回行い、地元・美瑛町が抱える課題の解決の方法を編み出し、その解決策を町長に提案するというものでした。
 この研修に参加した大手企業は、多様性のある社員が増える中、組織をまとめられるリーダーを育成しようというねらいがあったそうです。
 「次期学習指導要領等に向けたこれまでの審議のまとめ」の【はじめに】では、「グローバル化は我々の社会に多様性をもたらし、また、急速な情報化や技術革新は人間生活を質的にも変化させつつある。こうした社会的変化の影響が、身近な生活も含め社会のあらゆる領域に及んでいる中で、子供たちの成長を支える教育の在り方も、新たな事態に直面していることは明らかである。」とあります。
 そのために「審議まとめ」では、「資質・能力の三つの柱」や「社会に開かれた教育課程」などが打ち出され「コンテンツからコンピテンシー」の流れができつつあるような気がします。今回「ガイアの夜明け」で取り上げた日本のトップ企業の課題やその社員に求められている資質・能力は、まさに新しい学習指導要領で求められているものと同じだなと思いました。
 身近にいる生徒に対しての指導時間が多いと、ともすれば世の中の大きな流れをつかむ時間がなくなり、その結果、生徒が将来困るという事態になってしまうこともあります。そうならないように先生方に必要な情報を流すことの大切さを感じています。



批判的思考(クリティカルシンキング) 2016年09月19日(月)

ポスター発表  9月17日(土)に県総合教育センターで、「群馬県SSH・SGH・SPH等合同成果発表会(中間発表)」が行われました。
 この発表会は、SSH・SGH・SPH等を実施している高校・中等教育学校(以下「高校等」)の生徒が取り組んでいる課題研究の成果を発表し、研究者等から指導・助言を受けたり、参加している生徒からの質問に答えたりすることで、自分たちの研究をさらに深化させようという目的で、県教育委員会が毎年行っているもので、全国的に見ても歴史のある発表会です。
 例年は口頭発表でしたが、今年は、参加校が多く、また多くの生徒に発表の機会を与えようという目的もあり、ポスター発表の形式で行われました。
 ちなみに、SSHとはスーパーサイエンスハイスクール、SGHはスーパーグローバルハイスクール、SPHとはスーパー・プロフェッショナル・ハイスクールのことで、それぞれ文部科学省が全国の申請のあった高校等のうちから選抜して、研究開発校として指定し、研究開発費を国費から当てて学校の研究を支援しています。
 SSH・SGH・SPHそれぞれを一言でいうと、SSH(本校・前女・高崎)は科学技術系の人材育成を、SGH(中央中等・高経附)は国際社会で活躍できる人材の育成を、SPH(勢多農林)は専門技術系に特化した人材の育成を目指している高校等になります。
 今回、ポスター発表会の最後に、県内の国公私立大学の先生方から講評がありました。
 どの先生からも、研究で大切なのはテーマ設定であり、そのためには批判的思考(クリティカルシンキング)を持つこと、と話されました。ものごとを鵜呑みにせずに、まずは自分の頭で考え、「なぜ?」という疑問や興味を持つことが大切だ、ということでした。
 「なぜその研究テーマを設定したのか」その理由が明確であることが重要であり、それがあやふやな場合、まとめや発表の時に的外れな研究になってしまうこともあります。また指導・助言をいただいても研究を深化させられないということはよくあることです。
 8月19日に中央教育審議会から報告された「審議のまとめ」においても、「急速に情報化が進展する社会の中で、情報や情報手段を主体的に選択し活用していくために必要な情報活用能力、物事を多面的・多角的に吟味し見定めていく力(いわゆる「クリティカル・シンキング」)、統計的な分析に基づき判断する力、問題を見いだし解決に向けて思考するために必要な知識やスキルなどを、各学校段階を通じて体系的に育んでいくことの重要性は高まっていると考えられる」とあり、批判的思考(クリティカルシンキング)は今後ますます重視される力です。
 批判的思考(クリティカルシンキング)とは「考え方の技術」ともいえます。
 あらゆる情報に対して、まずは批判的な思考を働かせて分析してみる、その際に情報や他人の結論に対して「ただ否定する」のではなく、結論を支える根拠に対して、「本当にそうなの?」「なぜそうなるの?」と疑問を投げかけ、最終的には自分で判断してみる、そのような習慣が、批判的思考(クリティカルシンキング)といわれています。
 批判的思考(クリティカルシンキング)を身に付けることが本校の課題かもしれません。



総合的な学習の時間 2016年09月17日(土)

探究的な学習における生徒の学習の姿(http://www.mext.go.jp/ から引用)  総合的な学習の時間(以下「総学」)は、平成11年の学習指導要領の改訂で、高校の教育課程に新たにつくられた時間です。当時、いわゆる「ゆとり教育」のシンボル的な取組といわれ、「ゆとり教育」とともに、批判の対象と結果的になってしまいました。
 総学については、各学校が地域や学校、生徒の実態等に応じて、横断的・総合的な学習など創意工夫を生かした教育活動を行うためにつくられました。教科とは異なり、教員の裁量が大きいために、やり方次第では大きな教育効果を上げることができます。
 しかし、実際には多くの教員が自身で経験したことがないこともあり、どのようにやってよいかわからず、学校現場では扱いにくい時間となってしまいました。ですから、本来の総学のねらいとはやや異なった趣旨で取り組んでいる学校が多いように思います。
 平成21年の改訂、すなわち現行の学習指導要領において、総学は「思考力・判断力・表現力等が求められる『知識基盤社会』の時代において、ますます重要な役割を果たすものである」として、新たに目標や育成したい資質・能力や態度を明確に位置付けました。
 そして、これまでの教科の枠を超えた横断的・総合的な学習に加えて、「探究的な学習」を行うこと、あるいは問題の解決や探究活動において主体的、創造的に加えて、「協同的」に取り組む態度を育てることも目標に明確に位置付けました。
 しかしながら、このように総学が求めているものが、現行の学習指導要領で大幅に変わったにもかかわらず、多くの学校では総学の創設当初の取組とほとんど変わっていません。
 現行の学習指導要領の総学の解説では、「探究的な学習」を実現するために、「@課題の設定→A情報の収集→B整理・分析→Cまとめ・表現」の探究の過程が明示されました。
 そして、「探究的な学習」とは、問題解決的な活動(探究の過程)が発展的に繰り返されるような一連の学習活動であるとしました。
 また、それぞれの過程の留意事項は以下のとおりです。
@ 課題設定では、日常生活や社会に目を向けたときに湧き上がってくる疑問や関心に基づいているか。体験活動などを通して、課題を設定し課題意識を持っているか。
A 情報の収集では、必要な情報を取り出したり収集したりしているか。
B 整理・分析では、収集した情報を整理したり分析したり、それを知識や技能に結び付けたり、考えを出し合ったりしながら問題の解決に向けた取組をしているか。
C まとめ・表現では、気づきや発見、明らかになった考えや意見などをまとめ、表現しているか。そこからまた新たな課題に向けて見付け、さらなる問題の解決を始める、といった学習活動を発展的に繰り返しているか。
 総学を、今回の学習指導要領の改訂では、「総合的な探究の時間」「探究の時間」などの名称にすることが検討されているようですが、現行の学習指導要領の趣旨が学校にまったく伝わらなかった、理解してもらえなかったことを踏まえてのことのような気がします。



資質・能力の観点での各国の教育改革 2016年09月12日(月)

アメリカ:コモンコアと21世紀型スキル(http://www.mext.go.jp/ から引用)  中央教育審議会教育課程企画特別部会の配布資料には、学校教育を通じて身に付ける「資質・能力」の三つの柱という言葉が最近よく出てきます。また「資質・能力」を「コンピテンシー」という言葉で表現しているときもあります。
 これまでも、「資質・能力」や「コンピテンシー」を身に付けることを求めてはいましたが、まずは教科の内容(コンテンツ)を教え、それを身に付けさせることが重視されてきました。そのため教員は、「資質・能力」や「コンピテンシー」をほとんど意識してこなかったと思います。
 ただ、「資質・能力」や「コンピテンシー」を身に付けさせることは、日本独自の考え方からきているのではなく、現在の世界の教育の流れであり、これから本格的に取り組む日本はむしろ遅いくらいかと思います。
 国立教育研究所(以下「国研」)によると、「コンピテンシー」とは、「多様性が増した複雑な社会に適合することが要求される能力概念のこと。単なる知識や技能だけではなく、特定の文脈の中で複雑な要求・課題に対応することができる力を意味する」としています。
 国研の「資質・能力を育成する教育課程の在り方に関する研究」によると、多くの国が「資質・能力」や「コンピテンシー」を示して、それを身に付けるために様々な取組を行っています。
 例えば、フィンランドでは、「コンピテンシー」の育成を早くから取り組み、基礎教育を国家目標として挙げています。
 オーストラリアでは、「資質・能力」を教科の内容へ埋め込み、授業を行う中で、それらを身に付けさせようとしています。
 ニュージーランドでは、学校や教員に、「資質・能力」と教科内容をつなぐ役割を持たせています。
 シンガポールでは「効率志向から能力志向へ」のスローガンの下、かつての日本のように、少なく教え、多くを学ぶとして、教育内容を10-20%削減し、その代わりに「コアの価値」「社会的・感情的コンピテンシー」「21世紀コンピテンシー」を身に付けるようにしています。
 フランスでは、「資質・能力」の構成要素を「共通基礎」としてすべての子供に学ばせています。
 米国では、一般に公教育は州にゆだねられているので、「資質・能力」の構成要素は各州共通のカリキュラムスタンダード(Common Core State Standards「CCSS」)、あるいは21世紀型スキルで示されています。
 日本の新しい学習指導要領では、2030年以降の社会で生き抜くために、基礎学力や専門的な知識・技能だけでなく、汎用的な認知・社会スキルを合わせた「資質・能力」を身に付けさせることを学校に求めることになるでしょう。



保護者への広報 2016年09月10日(土)

職員研修  本校では、「主体的・対話的な深い学び」を視点にした、いわゆるアクティブ・ラーニングの授業をすべての先生がチャレンジし始めたところです。現在は、授業の最初から最後まで一方向の講義型という先生はほとんどいないでしょう。
 ただ保護者に対して、なぜ今までのような一方向の講義型のみの授業から脱却する必要があるのかを伝えなければならないと感じています。
 多くの保護者にとっては、自身が受けた授業といえば一方向の講義型の授業、「トークとチョーク、そしてジョーク」であり、それしか経験していなのではないかと思います。
 いままでは、そのような授業が正攻法であり、文部科学省でも教育委員会でもそれが標準的な授業形態と考えていたでしょう。
 また、とりあえず大学入試で希望の大学に合格することのみであればそれで十分効果を発揮していました。自身がその知識(事実的な知識)を身に付けたかどうかは別として、知識の量で勝負するならば、一方向の講義型の授業の方が先生から教えてもらう知識の量は多いです。今までは、教えてもらった知識を自分でひたすら暗記し、それを再生するトレーニングをしておけばよかったわけです。
 今回のアクティブ・ラーニングによる授業改善は、高校教育、大学入試、大学教育を一体的に改革する「高大接続システム改革」に端を発しています。
 「高大接続システム改革」については、グローバル化が社会に多様性をもたらし、急速な情報化や技術革新が人間生活を質的にも変化させつつあり、こうした社会的変化の影響がすでに身近な生活も含め社会のあらゆる領域に及んでいますが、そのような中、生徒の成長を支える教育の在り方も新たな事態に直面しており、そのために明治以来最も大きな教育改革を行う必要があり、そのために行う改革になります。
 高大接続システム改革のロードマップはすでに出来上がり、ターゲットイヤーとしては東京オリンピックの年、2020年とされ、この前後で高校教育、大学入試、大学教育で新しく行われる取組内容が次々に姿を見せてきます。
 ターゲットイヤーが近づくにつれて、だんだん取組内容が現実的になり、初めに比べてトーンダウンしていますが、改革前に戻るという報道は一切なされていません。
 マスコミは、センター試験が廃止され、大学入学希望者学力評価テスト(仮)が行われるという大学入試改革の部分だけはたくさん取り上げています。
 多くの保護者は、アクティブ・ラーニングが大学入学希望者学力評価テスト(仮)と同様、大きなシステム改革のうちの一つであることを知らないかもしれません。
 本校では来月、高大接続システム改革はなぜ行われるのか、その背景は何か、アクティブ・ラーニングはなぜ必要なのか、そのことによりどのような資質・能力が身に付くのか、そのようなことを専門的に研究している大学関係者をお呼びして講義をしてもらおうと考えています。これにより、保護者の方が理解してくれるとよいのですが・・



「知識」「技能」はそれぞれ2つある 2016年09月05日(月)

認知システム(http://www.mext.go.jp/ から引用)  『何を理解しているか、何ができるか(生きて働く「知識・技能」の習得)』  現在、中央教育審議会教育課程企画特別部会(以下「中教審」)では、資質・能力の柱を三つあげていますが、これはそのうちの一つです。  「何を理解しているか、何ができるか」というときには、各教科等の学ぶ内容、「知識」「技能」の習得と関係があります。  「知識」については、「事実的な知識(知っている)」と「概念的な知識(理解している)」があります。  例えば、“何年にこうした出来事が起きた”というのは「事実的な知識」になり、また“その出来事はなぜおこったのか”や“その出来事がどのような影響を及ぼしたのか”というのは「概念的な知識」といいます。中教審では「概念的な知識」の前に「いわゆる」を付けていますから、諸説があるのでしょう。
 「概念的な知識」は、学習過程において試行錯誤をすることなどを通じて、既に持っている知識や経験と新しい知識とが結びつけられ、様々な場面で活用できる知識として獲得される、としています。
 質の高い知識を身に付けるためには、「しっかり学ぶ」こと、学ぶ内容を断片的に覚え込むのではなく、つなげてまとめて自分なりに納得する学び、が必要になります。
 「技能」についても同様で、「個別の技能(できる)」と「主体的に活用できる技能(洗練)」があります。
 「個別の技能」は、一定の手順や段階を追って身に付く技能です。
 「主体的に活用できる技能」は、獲得した「個別の技能」が自分の経験や他の技能と関連付けられ、変化する状況や課題に応じて習熟・熟達していった技能のこと、といっています。
 例えば、走り幅跳びで、走る・跳ぶ・着地するなど種目特有の基本的な技能は、それらを段階的に習得することで走り幅跳びをうまくできるようになる、これが「個別の技能」になります。
 さらに類似の動きへの変換や他種目の動きにつなげることができるような気付きを促すことにより、様々なスポーツができるようになり、その結果生涯にわたって楽しめるようになる、これが「主体的に活用できる技能」になります。
 「事実的な知識」「個別の技能」について、それを獲得や定着するためには、記憶と再生、機械的実行と自動化というスキルが必要になります。
 「概念的な知識」「主体的に活用できる技能」について、それを理解や洗練するためには、解釈、関連付け、構造化、比較・分類、帰納的・演繹的推論などのスキルが必要になります。
 中教審では審議の進捗状況をWebページで丁寧に発信していますが、現場の先生が中教審や文部科学省からの発信をどのくらい理解してくれているか少し心配です。



第1回新高校開設準備会 2016年09月01日(木)

桐生女子高等学校(http://www.kirijo-hs.gsn.ed.jp/ から引用)  台風の接近などもありバタバタした夏休み明けでしたが、昨日は平成33年に本校と桐生女子高校の統合によってできる第1回の新高校開設準備会がありました。
 県教育委員会から、本校と桐生女子高校の統合にかかる再編整備計画の説明、あるいは今後のスケジュールなどの話がありました。
 新高校開設は平成33年4月ですので、ずいぶん先のように思いますが、大枠については本年度中に決めなければなりませんので、意外と時間はありません。
 ところで、本校と桐生女子高校は、ともに桐生町がつくった町立学校としてスタートしたので、桐生からともに愛されている学校です。
 今回の統合は、来年度に創立110年を迎える桐生女子高校と同じく来年度創立100年を迎える本校との統合です。特に桐生女子高校は、県内の女子高校の中で2番目に古い学校です。それぞれの学校ができた経緯などを考えると両校の伝統を踏まえた新高校の開設を考えています。
 またこの再編整備計画が、桐生・みどり地区の生徒数の減少というところも踏まえてスタートしものではありましたが、本校の生徒の分布については、桐生地区35%、伊勢崎地区25%、みどり地区12%、太田地区12%、前橋地区12%、その他地区4%であり、桐生・みどり地区からの生徒数は定員の約半分です。桐生女子高校もこれに近い傾向があるようです。
 このように本校も桐生女子高校も、桐生・みどり地区以外からの流入が多いという現状を考えると、今後も定員割れが起こる可能性は低いと思われます。
 ただ、そうであっても学校規模を今のままにして統合するということは難しいと思われます。場合によっては、検討の過程でクラス減も視野に入れざるを得ないとは思います。
 さらに、文部科学省の推進している教育改革へ目を向けると、今年中に、中央教育審議会から文部科学大臣へ、高校教育の柱である学習指導要領の新しい方向についての答申がなされると聞いています。
 新しい学習指導要領については、もともと、高校教育・大学入学者選抜・大学教育の3つを一体的に改革する高大接続システム改革のうち、高校教育の改革といわれています。
 この高大接続システム改革は、明治以来140年続いていた教育システムを大きく変えるものであり、新高校開設にあたっても、これを踏まえて進めていかないといけないと思っています。
 新学科についても、現在ある本校の理数科、桐生女子高校の英語科、それぞれのメリットが最大限生かされる専門学科が再編整備の中で生まれてくるとよいなと考えています。
 ちなみに本校では、この夏休み中、北陸地区、関西地区、東北地区で、探究科があったり、SSHとSGHがともに指定されたりしている学校を選び訪問しました。9月にはいってからは関東地区の学校を視察します。
 これから準備会や分科会で、教育目標や教育内容などについて検討していく予定です。



PDCAサイクル 2016年08月30日(火)

PDCAサイクル(http://www.mext.go.jp/ から引用)  PDCAサイクル、別な言い方ではマネジメントサイクルと言います。
 企業では、このPDCAサイクルを使って目的を達成しています。このサイクルで業務を行うと、仕事の目標や目的を効率よく達成できるというわけです。
 PDCAサイクルとは何でしょう。P(プラン)は計画、まず目標達成のための計画を立てます。それに基づいてD(ドゥ)つまり実行し、C(チェック)つまりその結果を評価し、A(アクト)つまり結果・分析を基にした改善と再度計画を立てるこのサイクルのことです。
 そして、PDCAサイクルを意識しながら仕事を行うことで、継続的な改善が可能となり、サイクルを回し続ければ、大きな目標であっても、いずれは達成できるわけです。
 もちろん、このPDCAサイクルは、みんなが目標の大学へ合格するために受験勉強する時にも、大いに役立ちます。このやり方は、将来社会人になれば当然使いますので、キャリア教育の一環ともいえます。
 オーソドックスには、P⇒D⇒C⇒Aですが、目標を達成するための課題がみつからない、計画が立てられないときには、Pからではなく、Dから始めることを薦めます。あれこれ考えていても先に進まないときは「とりあえずD、まずはやってみる」ことです。
 この「とりあえずやってみる」というやり方をするときのポイントは2つあります。
 ひとつは全力で取り組むこと。全力で取り組まないと課題が見えてきません。
 もうひとつは失敗を恐れないことです。初めてのこと、経験のないことを行うときには、失敗が付きまといます。失敗したら恥ずかしいとか、惨めだとかの気持ちを持ってしまうのは当たり前です。しかし、それを何としても断ち切らなければなりません。
 たとえば、センター試験の勉強を開始するときに、まず過去問の5年間分くらいを、本番と同じルールで、同じような気持ちでやってみる。ここで、本番と同じように満点を取るくらいの気持ちで挑戦してみるとさらによいでしょう。たとえ問題が難しくて、分からなくても、時間いっぱい考えてみることが大切です。これがDにあたります。
 おそらく採点してみたらあまりできていないでしょう。ここからが大切な作業です。
 その結果を元に、どこができて、どこができなかったかを分析します。これがCです。
 次に、できなかったところを解説書あるいは教科書・参考書を読みながら、先生や友人に教えてもらいながらすぐに復習する。いわゆる「リフレクション」です。おそらく、真剣に問題に向き合っていれば比較的短時間でその内容を理解できるのではないでしょうか。更にできなかった分野について、今後どのように理解し定着させていくか、どのように発展させるかの計画を立てる。これがAになります。
 定期試験や模擬試験は自分の弱点を見つけるのに最適な機会です。得点や偏差値にばかり、目を奪われ一喜一憂するのは本質からは外れているのです。定期試験や模擬試験は入試ではないので、たとえ高得点を取ったとしても合格にはつながりません。
 得点は、自分の理解度、習熟度、目的達成度を知るための重要な指標でありますが、それ以下でもそれ以上でもありません。定期試験や模擬試験をうまく課題発見の場にしてほしいものです。



2学期始業式 2016年08月29日(月)

校長式辞  今年の夏休みには、リオ五輪があり、テレビで観た人も多いでしょう。レスリング、バドミントン、卓球、体操、水泳、陸上など、感動を与えたのは、観ている人が「負けたな」と思った瞬間に大逆転して勝ったシーンではないでしょうか。
 最後まで勝利をあきらめずに自分を信じて力を出し切ったり、事前に最後の局面での戦い方を想定してメンタルや戦術を練習していたり、勝つには勝つだけの理由があるのだなと思うとともに、様々な場面で参考になるようなことが多かったような気がします。
 ところで、もうすでにアクティブ・ラーニング型(以下「AL型」)を取り入れている先生もいますが、2学期からすべての先生がAL型を取り入れた授業にチャレンジする予定です。
 そのことについて3つ説明します。
 1 なぜ今、AL型を取り入れた授業が必要なのか
 2 どのような形態の授業になるか
 3 AL型により何が得られるか
 はじめに、今から16年後の2030年の社会はどうなっているか、少し考えてみてください。そのころみんなは、社会に出てそれぞれの場所で、ちょうど中堅として働き始めるころです。
 現在でも、IoT、ビッグデータやAI(人工知能)の進化について、ネット、新聞、テレビなどのニュースでよく観たり聞いたりしていることかと思いますが、グローバル化や情報化が加速度的に起こっています。そう考えると、2030年の社会は、どのような社会になっているのでしょう。
 今から16年後には、今ある職業の70%くらいは無くなっているといわれています。また人工知能により半数以上の職業が自動化されているでしょう。そして企業の生存率は、倒産などにより60%くらいになるといわれています。
 2030年の社会は将来の予測がますます難しくなっていると考えられています。このように、社会の変化が激しい中で必要な能力は何でしょうか、
 1 主体的に判断し、主体的に物事に取り組める
 2 困難なことがあっても逃げずにチャレンジする
 3 失敗を恐れない。失敗してもあきらめずに続ける
 4 多様な人々と協働しながら、新たな価値の創造にチャレンジしていく
 このような能力だといわれています。
 では、このような能力を身に付けるにはどうしたらよいか。
 少なくても今までのように先生が「トークとチョークとたまにジョーク」で行う、「教師から生徒へ、すべて一方向で行われる講義型授業」で本当に大丈夫なのか心配です。
 授業のような知的な活動の中で、生徒が能動的であり、主体的・協働的に取り組めるような形態を授業の中へ入れる転換が必要だと思います。
 要するに授業においては、授業のはじめから終わりまで教師中心ではなく、ときには主体者が「教師から生徒になる」部分を入れることは必要なことです。このような学び方が求められるのは時代の要請があるからです。
 ALは、はじめ米国の大学で行われていました。ALの定義は「学生にある物事を行わせ、行っている物事について考えさせること」といっています。
 中央教育審議会では、この定義をベースに、さらに一歩深めてALを「主体的・対話的な深い学び」といっています。「対話」とはちなみに辞書では、広い意味では2人以上の人物間の思考の交流」とあります。
 対話をするのは、(1)協働のための生徒同士であったり、(2)先生とであったり、(3)文献や教材などの中にある対象となっている知識、であったりします。
 要するにAL型授業は、定着した知識を活用しながら、生徒が主体的に、生徒同士で協働する時の対話の中で、先生との対話の中で、あるいは文献や教材にしっかり向き合うなどにより、思考力や判断力や表現力を身に付けることにあります。
 AL型授業というと、授業全部がグループ学習になり、必要な知識を得られないのではないかと心配する生徒もいるかもしれませんが、そうではありません。
 基本的には、はじめに講義型、それを活用してのAL型、そして、振り返りであるリフレクションで構成される授業になると思います。
 本来の趣旨からすると、AL型授業をうまく行えば、それによって知識を定着させることができるし、さらに思考力を身に付けることができるはずです。
 これからAL型を取り入れた授業がどの教科・科目でも行われるようになりますが、授業において主体的に、そして協働性をもって、深く学んでいくことを心掛けながら取り組むことが、新しい時代に必要となる資質・能力を身に付けるための近道となるでしょう。



社会に開かれた教育課程 2016年08月23日(火)

これからの教育課程の理念(http://www.mext.go.jp/ から引用)  8月1日に中央教育審議会教育課程企画特別部会から報告された「審議のまとめ(素案)」によると、新学習指導要領では「社会に開かれた教育課程」を実現するという理念のもとに、今後は各学校の教育課程は編成されることになるとありました。
 つまり、学校が編成した教育課程が、社会や世界との接点となり、さらには、現在と未来をつなぐ役割を果たしていくことになります。
 ところで、教育課程とは、各学校が学習指導要領に基づき、生徒の実態や地域の実情を踏まえながら設定した教育目標を実現するための教育計画のことです。
 「審議のまとめ(素案)」では、教育課程について、学校教育を通じて生徒が身に付けるべき資質・能力や学ぶべき内容、学び方の見通しを示す「学びの地図」といっています。
 「社会に開かれた教育課程」がここにきてクローズアップされたのは、特に高校では、地域社会などの社会との関係が希薄であることが多いからかもしれません。
 まずは、新しい教育課程が目指す理念について、学校や教育関係者のみならず、保護者や地域の方々、産業界等を含め広く共有してもらうこと、そして教育課程により生徒が成長できるように、社会全体がそれぞれの学校の教育課程と協働的に関わっていけるシステムを作っていくことが必要になります。これができれば、家庭や地域、社会の関係者に幅広く協力してもらえるのではないかと思います。
 専門高校などは別かもしれませんが、大学進学者が多い高校は、今までどちらかというと、「まずは勉強、後は大学入学後に」あるいは文武両道の名のもとに「まずは勉強、そして部活」、一日の生徒の行程は、自宅と学校、あるいは自宅と学校と塾がほとんどであり、生徒自身が地域や社会の課題をフィールドワークなどの調査を行い、その結果から発見しその解決に向けて考える時間を学校が与えている余裕がなかったような気がします。
 まじめな生徒は勉強や部活を一生懸命に取り組みますが、そうそればするほど社会との接点がなくなってしまい、その結果、「将来社会に貢献しよう」とか「社会で役立つ仕事をしたい」という気持ちを持てずに受験勉強に突入してしまうことが多々あるといえます。
 その結果、「とりあえず模擬試験の結果からA大学の合格可能性が高いからその大学を受験しよう」「本当はB大学・C学部へ進学したいのだけれど・・」「まずは合格!将来については大学で考えることにしましょう」となってしまいます。
 このような状態で受験勉強を行うと模擬試験の偏差値と合格可能性で一喜一憂してしまい、落ち着いて受験勉強ができなくなってしまう恐れも出てきます。
 本校の生徒に対しても、「社会に開かれた教育課程」を目指して、まずは地域を知ることからはじめ、そこから課題を見つけ出し、それの解決に向けて思考し、その結果を発表するという課題研究を取り入れた探究型の授業も総合的な学習の時間を活用して取り組めないかを現在模索しているところです。



知識労働者 2016年08月22日(月)

今求められる学力と学びとは(https://www.nipponhyojun.co.jp/ から引用)  「自身の頭脳とデジタル機器を使って、知識・技能や高次の認知的なスキルを複合的に駆使して、決まった解法や正解のない非定型的な問題を、多くの場合チームで解決していく。それは、プロジェクトのために集まった、さまざまな国や地域の、また専門分野も異なる者たちのチームであり、しばしばデジタルネットワークを通じてコミュニケーションを取りながら問題解決を遂行していく人」
 京都大学大学院教育学研究科石井英真(てるまさ)准教授は、「今求められる学力と学びとは」の中で、経済界が求める<知識労働者のイメージ>をこのように述べています。
 これから10年20年先、グローバル化や情報化が加速度的に進み、不安定で変化の激しい時代を生き抜くためには、<知識労働者のイメージ>のとおりとはいかないまでも、そこで求められている要素を多かれ少なかれ身に付けていることは間違いなく必要になるでしょう。
 この知識労働者の持っている能力で、中心になるのは「思考力」、つまり、自ら学び、判断し、自分の考えをもって他者と話し合い、考え方を比較吟味して統合し、よりよい解や新しい知識を創り出し、さらに次の問いを見つける力であり、そして、それを支える「基礎の力」、つまり、言語・数量・情報を道具(ツール)として、目的に応じて使いこなす力であり、さらに、それらの力の使い方を方向付ける「実践的な力」、つまり、日常生活や社会環境の中に問題を見つけ出し、自分の知識を総動員して、自分や社会にとって価値のある解を導くことができる力、そして導いた解を社会に発信し、協調的に吟味することを通して、他者や社会の重要性を感じ取る力である、と述べています。
 これを少し別の言い方、中央教育審議会でいわれている「資質・能力」として考えると、知識・技能(英語などの言語力、情報活用能力含む)、思考力(論理的思考力・批判的思考力・創造的思考力)・判断力、表現力、主体的に学ぶ力や人間性(協働性、多様性、リーダーシップ、柔軟性、傾聴力)となるかと思います。
 これって、今いわれている「育成すべき資質・能力の三つの柱」そのものです。
 最終的に学校を卒業すれば、ほとんどの人が社会人になります。ただ経済競争を勝ち抜く人材になっていく人は多くはないでしょう。しかし、職場や地域社会で多様な人々と仕事をしていくための「資質・能力」は多くの人には必要になるはずです。
 「資質・能力」の深さは別として、「育成すべき資質・能力の三つの柱」はこれからの時代を生きなければならない生徒にとってはやはり必要です。



学校説明会におけるあいさつ 2016年08月17日(水)

学校説明会  台風7号の接近による影響が心配されましたが、何とか無事に学校説明会を開催することができました。本日は、お忙しい中、お越しいただきまして、ありがとうございます。
 本校は、1917年に町立桐生中学校として設立されて、今年で99年目を迎えました。皆さんが入学する2017年がちょうど100年目にあたります。
 これまでの卒業者数は2万4千名を超え、現在国内外のあらゆる分野で活躍しています。
 ところで、本年度は「学校案内」を大幅に変えました。これは、皆さんに少しでも本校のよいところを理解してもらうために作成したものです。「学校案内」を読めば桐高がすべてわかりますが、さらに詳しく知ってほしい内容について各担当から説明してもらいます。
 本校は「独立自尊」、「文武両道」を校訓としています。
 桐高では現在、生徒自身が自ら鍛えるという気持ちを基盤にしながら、アクティブ・ラーニングの視点を持った授業を行うことに加えて、部活動や学校行事などで、「これからの時代を担う人材の基盤づくり」と「生徒一人一人の将来の夢を実現するための支援」を行っているところです。
 平成19年に文部科学省よりスーパーサイエンスハイスクールに5年間指定されましたが、その成果が認められ平成24年に更に5年間の指定を受けました。現在多方面からの協力を得ながら高度な理数教育を行っています。
 それに加えて、本年度は「グローバル社会で活躍できる人材育成の基盤づくり」を桐高のミッションとして掲げました。
 このミッションを達成するためには、コミュニケーションツールとしての英語力を高めるとともに、グローバルスタンダードの資質・能力である「知識・技能」、「思考力・判断力・表現力」、そして、これらの基になる「主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度」を身に付けさせる必要があると考えています。
 桐高では、今年度から英検の全員受験を始めました。また、身に付けた英語力を活用するために、米国研修、ベトナム研修、そしてフィリピン・セブ島における語学研修を行う予定です。
 最後に入試についてです。入試では英語を重視します。例えば、前期選抜では、英検準2級以上は評価します。また、後期選抜の理数科の学力検査では、英語の配点を従来100点であったものを200点にします。
 また、前期選抜では総合問題を出題する高校がありますが、本校では県教育委員会作成の3教科の学力検査を行います。
 なぜなら、桐高は、前期選抜では皆さんの中学校段階での学校での取組を重視し評価したいと考えているからです。ですから、中学3年間の取組実績をぜひ重視してほしい、評価してほしいと考えている中学生の皆さんはぜひ本校を受験してください。
 本日は、限られた時間ではありますが、本校の学校概要をよく聞いていただくとともに、何か不明なところがありましたら、遠慮せずにぜひご質問ください。



スーパーサイエンスハイスクール生徒研究発表会 2016年08月11日(木)

SSH生徒研究発表会  文部科学省、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)主催の平成28年度スーパーサイエンスハイスクール生徒研究発表会が、平成28年8月10日(水)、11日(木)、神戸市にある神戸国際展示場 で開催されました。
 国内ではSSHに指定された202校、海外からはアジア諸国をはじめ米国やドイツなど24校が参加しました。
 開会・基調講演のあと、一般公開のポスター発表が10:00-12:00、13:00-17:00にありました。この発表会には、
 本校からは「自然由来の日焼け止めをつくろう!〜藻類における紫外線耐性色素の研究〜」というテーマで課題研究した理数科3年の女子生徒6名が参加しました。
 なお、基調講演については、日本学士院会員、名城大学大学院理工学研究科終身教授である飯島澄男先生が、「カーボンナノチューブの発見」というテーマで、講演してくださいました。
 研究するときに大切なことはまずよく観察するということを強調していました。
 また、「カーボンナノチューブの発見」について、フランスの細菌学者 ルイ・パスツールの言葉として広まっている語句である「偶然はよく努力した人に微笑む」「幸運は用意された心のみに宿る」を引用して、この発見は偶然ではあるがそれは必然的なものであったと話されていました。また、参加した生徒に対して、「一番好きなことを見つけよう、そして果敢にそれに挑戦しよう」とエールを送ってくれました。
 ポスター発表については、各ブースで行ったポスター発表で優秀と認められた学校が、次の日に口頭発表するということになっていました。
 審査方法が生徒等によく周知されていない中、本校の場合はポスター発表の時間が始まったらすぐに審査の方たちがブースの前に来て、「5分間でポスターの内容を説明するように」と指示され、あっという間にプレゼンの時間が終了し、ほとんど質疑もされないまま審査が終わってしまいました。
 ポスター発表は、今回生徒は学校で十分に練習をしてきましたが、研究等を説明するために要する時間があまりに短すぎて、ほとんど質疑応答がない中で、終わってしまい残念でした。
 もう少し審査の仕方を工夫してほしいなと思いました。同じ文部科学省が主催しているサイエンスインカレという大学、高等専門学校対象の発表会に比べると審査の仕方があまり丁寧でないように感じました。
 今回、SSH指定校はすべて参加したのでポスター発表の数が多いとはいえ、もう少し工夫すれば、審査員がよく研究内容を聞き、質疑応答することができたのではないかと思いました。



アクティブ・ラーニングの解釈変更? 2016年08月10日(水)

学習指導要領改訂の方向性(案)(http://www.mext.go.jp から引用)  中央教育審議会教育課程部会教育課程企画特別部会から、平成28年8月1日付で、「次期学習指導要領に向けたこれまでの審議のまとめ(素案)」が公表されました。
 以前は、「新しい時代」といっていましたが、最近公表された報告では、2030年の社会となっており、どうやら、ターゲットイヤーは2030年になったようです。
 「審議のまとめ(素案)」は、2030年の社会と、そして更にその先の豊かな未来を築くために、教育課程を通じて初等中等教育が果たすべき役割を示すことを意図しています。
 聞くところによると、この素案を検討している教育課程企画特別部会ではかなりの頻度で検討を重ねているとのことです。
 そのためなのか、二本柱と言われているアクティブ・ラーニングとカリキュラムマネージメントについても、本質は変わらないでしょうが、その表現や解釈が中央教育審議会へ諮問された当時とは変わってきました。
 アクティブ・ラーニングについて、当初は「課題の発見と解決に向けて主体的・協働的に学ぶ学習(いわゆる「アクティブ・ラーニング」)」といっていましたが、今は「主体的・対話的で深い学び(「アクティブ・ラーニング」)」となりました。つまり「深い学び」がないものは、極端な話、アクティブ・ラーニングではないとも解釈できます。
 アクティブ・ラーニングの三つの視点、(「対話的な学び」、「主体的な学び」、「深い学び」)のうち、「対話的な学び」と「主体的な学び」は趣旨を理解し改善しやすいこともあり注目されてきましたが、中心である「深い学び」の視点に基づく改善が図られていない現状があること、あるいは、「この型を取り入れなければアクティブ・ラーニングではない」「この方法を実施しておけば見直しの必要はない」というような、「型」に着目した理解がなされていること、それに関連して、学校現場では、アクティブ・ラーニングというと、なんでもグループワークを行ってしまい、その結果「活動あって学びなし」などと揶揄されてしまっている現状にあること、それらが原因のようです。
 また、対話的な学びとは、生徒同士の協働のことだと思っていましたが、教員や地域の人との対話、先哲の考え方(書物等)となっており、協働的な学びだけに限定していないことがわかりました。
 とすると、アクティブ・ラーニングは、先生の一方向的な講義形式だけの授業形態でなく、生徒が能動的に学習に参加できればなんでもよいということになります。また1時間の授業のうち、ある部分での先生の一方向的な講義形式も可能ということになります。
 ある文部科学省の方に聞いたところ、まずはアクティブ・ラーニングをしなければならない背景を知り、その上で、今までアクティブ・ラーニングをやってきた先生はそれが趣旨に合っているかを点検し、今までやってこなかった先生はとりあえずやってみて改善していけばよいのではと言っていました。



アクティブ・ラーニングに対して親が苦情 2016年08月04日(木)

小林先生の授業モデル(http://www.alforum.jp/teacher/kobayashi/ から引用)  中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会では、アクティブ・ラーニングについて、以下のような意見が出ているようです。
 「アクティブ・ラーニングを先進的に取り組んで、授業の中にその観点を生かしながら授業づくりをしているときに、保護者からかなりの数でクレームが付いたのが、15分しかちゃんと教えていないということ。あとは子供が好きにしゃべっているだけで、これは授業じゃないんじゃないかと言ってお母様方に怒られたということがあった。」
 つまり、先生は、主体的に生徒が活動できる時間を増やすために、いままで50分で説明していた内容を要領よくかつポイントを押さえて15分で一方向の講義型の授業を行い、その結果、生み出すことができた時間をアクティブ・ラーニング型の授業を行ったわけです。
 この場合は、授業の初めのところで学んだ知識を活用しての学習を行うために、グループをつくり、主体的・対話的で深い学びのある授業を行ったのでしょう。
 ところが、保護者の目に映ったのは、ていねいに説明をせずに手を抜いている先生、さらに授業中にもかかわらず、一見すると遊んでいる生徒、そのような授業に映ったのだと思います。ですから、もっとしっかり知識を生徒に与えて、受験にも役立つ授業をしてほしいと思ったのでしょうか。
 保護者の方が生徒のころには、黙って静かに黒板に書いてある内容をひたすらノートに書き写す。先生の話は黙ってよく聞く。特に過去の入試で出たとか、定期試験に出ると臭わせたところはノートに必ずメモしておく等、以前は、そのような授業が生徒に安心感を与え、そのように振舞っている生徒はよい生徒でした。
 反対に、講義の途中で積極的に質問をすると少し変わっているとみんなから思われたのではないでしょうか。
 文部科学省がいっているように、教える内容は減らさない、授業に対して、生徒が受身ではなく能動的に学び、かつ授業の進度が遅くならないとなると、このようなやり方もありだと思います。
 先生が、細かく丁寧に説明すると生徒はかえって受身になってしまう傾向にあるといわれます。
 いままでは一方向の講義型の授業であったのに、急になぜ今はアクティブ・ラーニングの視点を持った授業を求めるのか。
 それは今の日本社会、あるいはこれからの日本社会が求めている資質・能力が変わってきたからです。
 今後日本の若者が身に付けなければならない資質・能力について、国民全体で共通理解を図っていくことは必要なことです。



アクティブ・ラーニングについての職員研修 2016年08月01日(月)

職員研修  本校では、7月25日、7月29日と連続して、アクティブ・ラーニングについての職員研修を行いました。
 講師は、産業能率大学教授の鈴木建生先生(国語)と小林昭文先生(物理)でした。両先生とも全国各地で引っ張りだこの名物先生です。通常の大学の授業のほかに、アクティブ・ラーニング゙について、全国各地での講演や執筆活動があり、大変お忙しい方々ですが、今回何とか実現することができました。
 この二人の先生の考え方が、現在文部科学省で示しているアクティブ・ラーニングの視点を持った授業、つまり「主体的・対話的な深い学びの授業」と一致しており、本校の先生が授業を実施する上で参考になると思い両先生にお願いしました。
 どちらの先生も、一方向的な講義よりも、体験実習や本校の先生の質問に答えることを中心に構成してくれました。体験実習では、本校の先生を生徒役として授業形式で行いました。
 そもそも、アクティブとはactive、つまり活動的な,活発な,敏活なという意味であり、ラーニングとはLearning、すなわち学習する(=Learn)ことという意味があります。
 すなわち、アクティブ・ラーニングとは、「活動的な学習」「活発な生徒主体の学習」となります。そのため授業形態、形から入ってしまうと、生徒同士がグループを作り、そのグループで活発な話し合いができるような仕掛けを作ってしまいがちです。
 実は文部科学省は、グループを作って話し合いをすることがアクティブ・ラーニングではないとしきりに言っていますが、なかなか効果がないようです。ですので、アクティブ・ラーニングは「活動あって学びなし」とも揶揄されてしまっています。
 アクティブ・ラーニングを行うときには、文部科学省がいっているように「主体的・対話的な深い学び」という視点がないと失敗すると思います。特に、深い学びをどうアクティブ・ラーニングを行う過程で作っていくかがポイントでしょう。
 そもそも、なぜ今、学習方法・指導方法として、アクティブ・ラーニングの視点を持って授業を行わなければならないのか押さえておく必要があります。
 つまり、新しい時代(現代社会)を生き抜く資質・能力を身に付けるためには、アクティブ・ラーニングの視点を持った授業を行う必要があるわけです。
 ちなみに、新しい時代(現代社会)に必要な資質・能力は、「知識・技能」「思考力・判断力・表現力」「人間性・学びに向かう力」です。
 この中で、「人間性・学びに向かう力」は、少し前までは、「主体性、協働性、多様性」といっていましたが、つい最近、「人間性・学びに向かう力」となりました。
 文部科学省で当初と言っていたことが少し変わってきていますが、どうもアクティブ・ラーニングの視点を持った授業改善の意味がうまく伝わらないことからきているのではないかと思います。



合同リーダー公開 2016年07月31日(日)

合同リーダー公開ポスター  学ラン、鉢巻、白手袋、そして応援団旗、昨日、桐生市立中央公民館で、第9回の合同リーダー公開がありました。
 梅雨も明け、特に暑い日でしたが、会場はほぼ満員になるほどたくさんの人が来ました。
 この合同リーダー公開は、高崎高校、前橋高校、太田高校、そして本校と、県内で伝統ある4校の応援団が一堂に会して、それぞれの学校の校歌や応援歌などとその演舞を披露しあうものです。
 この合同リーダー公開の経緯については、平成21年に太田高校の応援団OB会から本校OB会に働きかけがあり、その年の6月に行われた山紫祭(文化祭)に、太田高校の応援団が来て、両校応援団による第1回合同リーダー公開が行われました。その後、その年の8月に第2回合同リーダー公開を太田市学習文化センター市民ホールで行い、それ以降毎年、太田と桐生で交互に開催地を変えて実施していたそうです。
 東毛地域以外にも輪を広げようと、前橋高校や高崎高校に打診し、平成26年に高崎高校の応援部、平成27年には前橋高校応援団に仲間に加わっってもらい、平成27年より、4校での演舞発表会である合同リーダー公開ができあがったそうです。
 それぞれ応援団は長い歴史と伝統校の応援団だけあって、応援団の歴史や文化など背景になるものがよく表れていたような気がしました。
 男気あふれる高崎高校の応援部、ちょっとおしゃれな前橋高校の応援団、ウィットに富んだ太田高校の応援団、女子生徒もいて素直でまじめで高校生らしい桐生高校応援団というところでしょうか。
 各学校の持ち時間は30分くらいですが、その構成は学校ごとに、校歌や応援歌を中心に良く工夫されていました。
 応援団は、母校愛にあふれ、すべてにおいて母校の応援を率先して行う生徒の集まりです。本校では、新入生の校歌紹介や歌唱指導からはじまり、入学式、始業式、終業式、文化祭など儀式での全校生徒校の校歌斉唱時のリーダー、そして硬式野球をはじめ各種大会における応援のリーダーとして、応援団はまさに学校の中心的な存在です。おそらく本校以外の学校でも同じような存在ではないかと思います。
 本校の応援団は現在比較的多くの団員がいますが、最近はどこの学校も減少傾向のようです。この4校にしても、合同リーダー公開が終われば3年生は引退しますので、部員数は一桁になるとのことです。
 もともとこの合同リーダー公開は、それぞれの学校の応援団の伝統をこの公開によって継承するとともに、互いに良きライバルとして切磋琢磨しながら応援活動を発展させること、さらには群馬県全体の応援文化を守っていくことを目的として始まったそうです。
 今日の合同リーダー公開で応援団や応援文化が好きになった人は確実に増えたと思います。



凡事徹底 2016年07月30日(土)

凡事徹底(https://www.amazon.co.jp/ から引用)  今年の全国高校野球選手権群馬大会では、前橋育英が、延長12回の熱戦の末、健大高崎を8-4で下して、3年ぶり2度目の頂点に立ち、8月7日から甲子園球場で開幕する全国大会に、県代表として出場することになりました。
 ちなみに、上毛新聞によると、決勝が延長戦となったのは2006年の第88回大会以来10年ぶりだそうです。
 前橋育英高校の荒井直樹監督は「凡事徹底」をスローガンに硬式野球部を指導し、3年前の夏の甲子園大会で、初出場・初優勝という偉業を成し遂げました。
 「凡事徹底 平凡を非凡に努める」の著者であるイエローハット創業者の鍵山秀三郎氏は、前橋育英高校が全国優勝した時に、「普通のことを積み上げていって結果として平凡を非凡にした」といって荒井監督の指導方法を絶賛したそうです。
 「凡事徹底」を辞書では、「なんでもないような当たり前のことを徹底的に行うこと」「当たり前のことを極めて他人の追随を許さないことなどを意味する四字熟語」としています。
 「誰にでもできることを、誰にもできないぐらい徹底してやる」ことは「できないことをやる」「できないことをできるようにする」ことよりも、その成果が見えにくい分だけ、生徒に理解させ、納得させ、それを徹底させることは難しいことだと思います。
 夏の全国大会優勝の後、たまたま話を伺える機会がありましたが、「凡事徹底」を実践していく過程では、選手をはじめ関係者に理解し、受け入れてもらうまで時間がかかり、監督解任直前まで行ったそうです。いまでは優勝したこともあり、「当たり前のことを当たり前にやり続けた結果」だと認めてもらえるようになったとのことでした。
 7月28日(木)付のベースボールチャンネルによると、荒井監督の指導について、「例えば、ミスの後をそのままにしないこと、キャッチボールは心を込めて、丁寧に行うこと、たとえタイミングはアウトでも常に全力疾走すること、物はいつでも大切に扱うこと、ネクストバッターズサークルで振ったバットのグリップをそのまま地面に置くのは厳禁、食べものは残さないこと等、ありきたりなことだ。
 選手たちからすれば今さら言われるような話ではない。『本当にそれで勝てるのか?』と疑問を感じることもあったはずだ。
 だからこそ、繰り返し言い続けなければならない。同じことを何度も、何度も、それこそ選手からすれば『また言っているよ』と思うぐらい、発信するこちらも言い飽きるほど、繰り返して、何度でも、当たり前の同じことを言い続ける。」とありました。
 勉強でも部活動でも学校生活でも、当たり前のことを当たり前にやる、そしてそれを続けることは難しいことでしょう。また、それをやったからといってすぐに成果に結びつかないかもしれません。ただ、どちらに転ぶかわからないような勝負どころではその効果を発揮するような気がします。



1学期終業式 2016年07月22日(金)

校長式辞  1学期もあっという間に過ぎてしまったような気がします。みなさんはいかがでしたでしょうか。
 勉強に、部活動に、今年の最大の学校行事であった大運動会に、昨日のSSH課題研究発表会に、どれも全力で取り組んだ生徒が多かったと思います。校訓である「独立自尊」「文武両道」を体現した生徒が多かったです。
 先月開催された教育委員会で、平成33年4月に、桐女と統合して桐高の敷地に新高校をつくることが正式に決まりました。開校まで約4年半ですが、高崎・前橋・大田に匹敵する進学校をつくるとなると、意外と時間がありません。
 8月末には桐高・桐女の合同の準備委員会を発足させて、約1年ちょっとかけて、新高校の大枠を作る予定です。新高校の基盤は皆さん一人一人がつくっていくわけです。そのことも踏まえながら、毎日の学校生活をさらに充実したものにしてください。
 ところで、過日、昨年ノーベル賞を受賞した大村智先生のインタービュー記事を読む機会がありました。「一番大変だったことは何ですか。また、志を貫くことができたのはなぜでしょうか。」という質問に対して
 「繰り返しやることが大変でした。同じことをやるとすぐ飽きるでしょう。それを飽きないでやること、根気のいる仕事を続けることが大変でした。
 新しいことをやろうとすると失敗することが多いものです。
 失敗を恐れていては新しいことはできません。
 こうしたらいいなと思う、それが新しいことであれば挑戦すべきです。そして、やったらうまくいかなかった。これは失敗ですよね。
 ところが、新しいことをやろうとして失敗しても、その失敗は後で振り返ってみると、あの時の失敗があって今があるなということが必ず出てきます。
 ですから、失敗を恐れないことです。むしろ、失敗は自分の宝だと思ったほうが良いのです。
 うまくいかないことがいっぱいあります。そういう失敗を恐れてはいけないのです。
 むしろ、挑戦せずにチャンスを逃すことを恐れるほうが、失敗を恐れることより大事なことだと思います。
 長い研究生活の中では、予想が外れたり、多くの失敗も経験したりしましたが、必ず成功するはずだと信じて、失敗にめげず、努力してきました。
 意味のない失敗はないということです。
 失敗をするとすぐに落ち込んでしまう人もいますが、今のこの失敗を覚えておいて、また、次をやってみましょうぐらいがよいのではないでしょうか。
 『失敗したから、もうやめましょう』ではなくて、『この失敗を覚えておくといいことがある』『こういう失敗をしたことで、必ず後でいいことがある』と考えればいいと思います。
 失敗してもいいからやってみようという気持ちを絶えず起こさなければなりません。」
 この「新しいこと」とは、大村先生のようにノーベル賞が取れる新発見と考えずに、勉強や部活動で、もうひとつ上のレベルに自分を持っていくとき、と考えてみてはどうでしょうか。
 最後に、3年の皆さんの中には、模試を受けたとき、思ったほど得点ができないで悩んでいる生徒は多いのではないでしょうか。特に部活をやっていた生徒は部活引退後受験モードに切り替わるのに、2〜3か月はかかります。ですから、この夏休みを第一関門と考えてください。ここで頑張れれば秋以降必ず成果が出てきます。
 模試についても、得点に一喜一憂せずに、できなかった問題の内容を着実に理解し、必要な知識を身に付ければよいのです。
 模試での間違い(不正解)は自分の弱点を明確にしてくれています。間違えを振り返るという作業の効果は後になって成果となって必ず現れてきます。
 夏休みは、1・2年は勉強や部活動に、3年は受験勉強に、失敗を恐れずに自分の弱い心に打ち勝つことにチャレンジしてください。



SSH課題研究発表会 2016年07月22日(金)

SSH課題研究発表会  昨日、本校のSSH課題研究発表会が桐生市中央公民館でありました。
 群馬県のスーパーサイエンスハイスクール(以下「SSH」)は、高崎高校が久しぶりに再指定されたので、本校と前橋女子高校を合わせて3つになりました。
 全国的には都道府県で指定校が3つというは決して多いとはいえませんが、3校が協力しながら、群馬から科学技術系人材を輩出されたり、理科好きを増やしたりする取組を進めていくことは重要なことと考えています。
 3校合同で何かできないか、という視点から、今回は、発表会の審査員を群馬大学の先生以外に、前橋女子高校の教頭先生、高崎高校の先生にお願いたところ、快く引き受けていただきました。
 昨日のスケジュールでは、昨年度実施した米国での研修の報告の後、3年の課題研究の発表がありました。発表テーマは以下のとおりです。
1 水道水の臭いの原因物質を探る
2 植物の生育に効果的なコンポストの作製
3 体臭にお困りのあなたへ〜微生物を使ってニオイを消す!?〜
4 髪の毛の健康について
5 自然由来の日焼け止めをつくろう!〜藻類における紫外線耐性色素の研究〜
6 雑草を使って携帯充電〜充電切れた!そうだ草むしりしよう〜
7 カエデ種子と飛行体の滞空時間比べ〜自然に勝つ方法〜
8 キッチンでつくるワタシの化粧品〜コンニャク廃棄物からセラミドを取り出そう〜
9 スマートフォン・タブレットアプリの開発〜毎月15日は何の日?〜
 本校の課題研究の発表までの流れは、2年ほど前に工夫して以下のような流れにしました。
 まず、2年の1学期に生徒が、自分が研究したいテーマやアイディアを持って、研究テーマに関連していそうな群馬大学の先生を訪問し研究テーマについて相談します。先生が生徒のプランを聞いて指導・協力してくれることになれば、生徒はその後、定期的に研究室を訪問し、実験をしたり、アドバイスを受けたりします。また、水質関係の場合には、桐生市水道局水質センターに協力していただき、同じように指導していただきます。
 このやり方ですと、生徒はまず自分でテーマを考え・見つけ出し、指導してもらえそうな先生に一生懸命プレゼンをし、指導してもらえる先生を確保しなければなりません。結果的にその過程を踏まなければ自分の考えたテーマで研究を進めることができません。
 これにより、生徒は研究が受身ではなくなります。群馬大学の先生方には大変ご苦労をかけていますが、全国でも例のない課題研究をすることができていると思っています。
 昨日の課題研究発表会は、このようにして約1年間続けた研究成果を発表する場です。発表は、自分が研究してきたことを、時間内に、はじめて聞く人にわかりやすく、いかに説明できるかがポイントになります。どの発表も工夫した発表になっていたと思います。



まずは異文化に触れる 2016年07月19日(火)

SSH米国研修(UCSDにて)  「グローバル人材」というと外資系の一流企業で働き、海外の取引先を相手に英語で交渉をしている人を思い浮かべるかもしれません。
 将来、おそらくみなさんの中にも、ビジネスマン、研究者、外交官として世界を股にかけてバリバリ活躍する人はいるかと思います。ただそのような人は全体からすると一部の人たちでしょう。しかし日本の「グローバル化」は急速に進展しており、もっと身近なところにも存在してきています。
 例えば、今年の訪日外国人観光客数は半年間で1000万人をすでに超えています。おそらく1年間では2000万人を突破するだろうと予想され、過去最高記録になるといわれています。
 安倍首相は2020年の東京オリンピック・パラリンピックの時には4000万人の訪日外国人観光客数を目標にしています。訪日外国人観光客は東京だけにとどまらず日本各地へ出かけています。これだけとっても日本社会は急速にグローバル化が進んでいるといえます。
 5年・10年後みなさんが就職するころには、自分が海外に出向きその地で働く場合だけでなく、あるいは東京・大阪などの大都市で働く場合だけでなく、地元桐生や前橋・高崎の会社で働いていたとしても、外国との取引、外国人とのやり取りをする、あるいは外国人と一緒に協働して仕事を進める時代がやってくるはずです。
 今後ますます社会人として活躍するすべての人に、グローバル社会との接点ができる可能性があるわけです。
 ですから、これからの日本人には、異文化理解ツールとしての英語を身に付けるとともに、異文化を持つ人たちとお互いに理解し合う姿勢が求められます。
 具体的には、相手をリスペクトすること、相手の話を傾聴すること(そのためには英語力)、自分との「違い」を受け入れる柔軟性を持つこと、異なる自分を理解してもらうために、自分自身、自国あるいは自分の住んでいる地域をよく理解すること、自分の気持ちを積極的に発信すること(そのためには英語力)、失敗にめげずにチャレンジすること、などが必要になってきます。
 本校では、生徒が異文化に触れる経験を多くするために、12月に、ベトナム・ホーチミン研修、フィリピン・セブ島語学研修、3月にスーパーサイエンスハイスクール米国研修を行う予定でいます。
 どの研修も受け身で見学すれば済むような計画ではないので、事前研修を十分に行う必要があります。
 参加した生徒が、異文化に積極的に触れ、その「違い」を経験し、その「違い」を理解することで、自分との「違い」を徐々に受け入れられること、それとともに、日本の良さ、地域の良さを再認識すること、そして地球規模での問題、あるいはその解決に役立ちたいという意識が持てるとよいと思っています。



指導・学習のプロセスについて 2016年07月15日(金)

育成すべき資質・能力の三つの柱(案)(http://www.mext.go.jp/ から引用)  現在考えられている指導・学習のプロセスは、目標→内容→方法→評価となります。
 まずこの「目標」です。「何ができるようになるか」、つまり新しい時代(文部科学省では2030年以降を想定している)に必要な資質・能力を身に付けることが「目標」になります。この資質・能力は何かというと、「学力の三要素」のことです。なお、「学力の三要素」といったときの学力は、資質・能力の意味で使われています。
 具体的には、知識・技能、思考力・判断力・表現力、学びに向かう力(主体性・多様性・協働性)、人間性となります。実は「学力の三要素」の記述が以前とは少し変わってきました。平成28年6月27日の中央教育審議会教育課程部会 高等学校部会(以下「中教審教育課程・高校部会」)においては、「主体性・多様性・協働性」が消えて、「学びに向かう力」という表現になりました。
 二つめは「内容」です。「何を学ぶか」、つまり教科・科目等の目標や内容のことです。従来は教える内容が強調されたために、いままでの学習指導要領やその解説では内容についてたくさんのページを割いていました。
 三つめは「方法」です。「どのように学ぶか」、指導・学習の方法うちのひとつが、アクティブ・ラーニングになります。文部科学省が、アクティブ・ラーニングという手法を取り上げているのは、「目標」の達成のために最適であると考えているからです。
 文部科学省では、以下のようなアクティブ・ラーニングの視点を持った授業への改善を求めています。
@ 習得・活用・探究という学習プロセスの中で、問題発見・解決を念頭に置きつつ、深い学びの過程が実現できているかどうか。
A 他者との協働や外界との相互作用を通じて、自らの考えを広げ深める、対話的な学びの過程が実現できているかどうか。
B 子供たちが見通しを持って粘り強く取り組み、自らの学習活動を振り返って次につなげる、主体的な学びの過程が実現できているかどうか。
 課題としては、各学校の授業で、「主体的な学び」や「協働的な学び」の過程はよく見受けられますが、「深い学び」の過程が全体的におろそかになっていることです。それを踏まえ、平成28年6月27日の中教審教育課程・高校部会においては、「主体的・対話的で深い学び」をアクティブ・ラーニングの視点として挙げています。
 そして最後が「評価」です。「何ができるようになったか」、評価については、大きく分けると、提出された成果物で判断する「プロダクト評価」とその過程を重視し活動の様子を観察して評価を決める「プロセス評価」があります。
 主にアクティブ・ラーニングの場合には、パフォーマンス評価やポートフォリオ評価などの「プロセス評価」が中心になります。そして、活動の様子を観察して評価する場合には、評価基準であるルーブリック評価を作成する必要があります。



グローバル社会で活躍している人たちから感じたこと 2016年07月11日(月)

グローバル人材像(http://www.ocha.ac.jp/ から引用)  現在進められている教育システム大改革は、平成26年12月に中央教育審議会から出された答申『新しい時代にふさわしい高大接続の実現に向けた高等学校教育、大学教育、大学入学者選抜の一体的改革について』がもとになっています。
 そこには「グローバル化の進展の中で、言語や文化が異なる人々と主体的に協働していくためには、国際共通語である英語の能力を、真に使える形で身に付けることが必要であり、単に受け身で「読むこと」「聞くこと」ができるというだけではなく、積極的に英語の技能を活用し、主体的に考えを表現することができるよう、「書くこと」「話すこと」も含めた四技能を総合的に育成・評価することが重要である。また、英語のみならず、我が国の伝統文化に関する深い理解、異文化への理解や躊躇せず交流する態度などが求められることにも留意が必要である」とあります。
 以前、都内で、日本で代表的なトップ企業の部課長クラスの人たちの集まりに参加する機会がありました。彼らは、ロンドン、モスクワ、ニューヨーク、上海などに駐在し、それぞれの国のビジネスマンと交渉していた人たちでした。
 彼らと話して感じたことは、話題が豊富で、積極的で、様々な話に対応できることでした。彼らは話題をどんどん提供することができます。しかしそれだけではなくて、興味のありそうな話題が提供されると、それに対してよく耳を傾け、疑問を感じたところは積極的に質問して、理解を深めようとします。
 一言でいうと、コミュニケーション能力が高く、頭の回転が速いのです。この辺りがグローバル人材に必要な資質・能力なのかと思いました。
 グローバル社会において大切なことのうちの一つは、自分自身や自国をよく知り、アイデンティティ(自分が自信をもっていること、自分自身のよりどころがあること)を持ち、それをわかりやすく説明できる能力を持っていることかと思います。
 その際に、異文化理解ツール、あるいはコミュニケーションツールとして語学力(日本では日本語、海外では主に英語)が必要になってくると思います。
 グローバル社会では、「沈黙は金なり」は通用しないといわれます。しかし日本社会においては、まだまだ「沈黙は金なり」は健在であり、良くも悪くもそこから抜け出すことは困難であると思われます。
 今回の教育システム大改革では、新しい時代に必要となる資質・能力を身に付けることが大きな目標です。この資質・能力が「主体性・協働性・多様性」です。
 様々な人たちと主体的に目標の達成に向けて協同していくためには、自分の意見や考えなどを相手に理解してもらうために適切に説明できること、そして相手をリスペクトしながら、相手の意見や考え方を傾聴できることが必要になってきます。
 グローバル社会に生きるためには、異文化を理解することを避けて通れません。そのためには、高校生のうちから機会があればどんどん海外に出てみることです。
 異文化に触れることで、その国のことがわかると同時に、日本の良さ、地域の素晴らしさを再認識することができるはずです。
 本校では、昨年度初めて行った米国への研修をはじめ、今年度から治安の面などを踏まえてベトナムへの研修も始めます。さらに、語学力を高めるためにフィリピン・セブ島での語学研修も始める予定です。
 大学入学後でも構いませんが、早めに日本とは異なった文化・社会・習慣などを体験してほしいものです。



自分の心から自由になれ! 2016年07月08日(金)

一つのことに一流になれ!(https://www.amazon.co.jp/ から引用)  第40回日米大学野球選手権大会が、7月12日から、日本で開催されます。
 この侍ジャパン大学日本代表チームに、東大野球部のエース宮台康平投手(3年)も選ばれました。彼は東京六大学リーグで“最弱”といわれる東大にあって、最速145キロのストレートとキレのある変化球を巧みに使い分け、春季リーグにおいて、2勝4敗ながらも大奮闘しました。
 湘南高校時代には甲子園出場などの経験はなく、東大には一般入試で入学しているため、さほど注目される選手ではありませんでした。しかし、今年の春季リーグの開幕戦において0-1でサヨナラ負けこそ喫したものの、早大から13三振を奪い一躍脚光を浴びました。
 春季リーグでは44回を投げて39奪三振、防御率も2.05と投手成績で第4位を獲得しました。打線の援護があれば、もっと勝ち星がつくはずなのに惜しい限りです。
 ただ野球関係者からいわせると、宮台投手自身の実力は本物であり、来年秋のドラフトの目玉となるのは間違いなさそうです。「文武両道」をスローガンだけではなく、本当に実践している人だなと驚いています。
 ところで、いまから19年前の1997年に、京大アメリカンフットボール(以下「アメフト」)部が並みいる強豪大学や社会人チャンピオンを退けて4度目の日本一になりました。
 その京大を率いていた監督が水野弥一氏でした。彼の著書に「一つのことに一流になれ」があります。
 厳しい受験戦争を勝ち抜いて京大に入学したスポーツとは縁のなさそうな学生をアメフトの競技に引き込み、その学生に何をしたら日本一になれたのか、興味を持ちました。
 また本のタイトルが、なぜ「一つのことに一流になれ」なのか。京大アメフト部が日本一を目指すなら、二兎を追うことであり、二つのことで一流になるのでは・・・・
 「文武両道」とはよくいいますが、学業とスポーツはトップに近くなればなるほど反比例するケースが多くなるはずです。当然のことながら京大にはスポーツ推薦入試もないし、アメフトに適する人材の確保などできるはずがありません。1チームの登録人数が最も多いであろうアメフトで日本一になったのは驚くばかりです。
 水野氏は本の中で「格闘技の勝負は闘う前から決まっている。強いほうが勝つのではなく、弱いほうが闘う前から負けてしまっているのだ。強いほうは『おまえなんかひとひねりだ』と思い切っていく。たまになめてかかって足払いをくらうこともあるが、だいたいは『おまえなんか』と思い切っていくから実力を十分発揮できる。ところが弱いほう『あいつ怖い、あいつには、かなわない』という気持ちが足をすくませてしまう。ただでさえ実力差があるのに、弱いほうは更に足がすくんで身体が動かなくなる。そうなれば勝負は火を見るよりは明らかだ。相手を怖いと思えば、何度闘っても負けるものである。」といっています。それを克服するためのヒントとして
 「相手の方が強いのなら、相手の強さを認めることだ。例えば、10回闘って7回負ける相手に対して3回は勝てると思えるかどうかだ。そして、実力の差どおりの結果が出せたら、たとえ負けたとしても満足できるかどうかだ。それが自分の実力を出すということだ。相手が怖いと思うと必ず負ける。これは実力差で負けているのではない。勝率3割が本当の実力差であっても、10回試合をしたら10回すべて負けてしまう。これは実力差ではなく、怖いと思う自分の心に負けているのだ」といっています。
 多くの部活動で、新チームへの切り替えが行われています。そして、夏休みが終われば、新人大会や選手権大会の予選などが始まります。相手がどうあれ、いつでも実力どおりの力を発揮できるメンタル面での強さも必要ですね。



「振り返り」の意義 2016年07月05日(火)

Kolb の経験学習モデル(http://www.hj.sanno.ac.jp/ から引用)  学習指導要領には「教育課程の実施等に当たって配慮すべき事項」がありますが、小学校・中学校・高校、どの学校種においても、そこで重視されている学習活動に「振り返り」があります。
 高校の学習指導要領では、第1章第5款の5の(5)において以下のように述べています。
 各教科・科目等の指導に当たっては,生徒が学習の見通しを立てたり学習したことを振り返ったりする活動を計画的に取り入れるようにすること。
 普段の授業の中で、生徒が意識して「振り返り」を行える時間を毎回設定しておくことは大切なことです。
 「振り返り」は、PDCAサイクルのP(計画)→D(実行)→C(評価)→A(改善)のうちではC(評価)に当たります。ですから、授業におけるC(評価)の部分が、その授業の「振り返り」となります。
 「振り返り」は、一般的には、過去(実行)を振り返って、より良い未来へ繋げていくこと(改善)を目的としています。
 誰でも、何かを実施し、ミスや失敗をしたとき、それを繰り返したくありません。その一方で、うまくできたときにはそれを繰り返し続けたいと考えます。ところが現実には、なぜか同じミスを繰り返してしまう。あるいは、なぜかうまくできたことは繰り返すことができない、あるいはうまくできたことは定着しない、ということはよくあることです。
 「振り返り」の時間を設定し、意識してしっかり「振り返り」を行うことができれば、ミスや失敗は減り、うまくできたことは繰り返せる確率が高くなるといわれています。
 このようにしっかり「振り返り」を行うことは大変ですが、それにより次に取り組むときには必ず良い影響を与えてくれるといわれています。
 また、「振り返り」により、「気づき」が生まれてくるといわれています。「気づき」とは、誰かから教えられたり、指示されたりすることなしに、自分の内面から生じる感覚的な「発見」や「ひらめき」といわれています。別な言い方をすると、それまで意識上になかったものが、何かの拍子に意識上に現れた状態ともいえます。
 ところで、「振り返り」と「感想」は異なるものですが、実際には、生徒に「感想」をいわせたり、書かせたりしたことを「振り返り」と呼んでいる場合が多いようです。
 例えば「今日の授業は面白かった」「周囲の人と助け合いながらできた」「積極的に発言できた」などです。これは明らかに「感想」であり、「振り返り」ではありません。
 「振り返り」はC(評価)ですから、それを踏まえられれば、自身の思考を強化することもできるし、学習や成長を促進する効果があるといわれています。



英国のEUからの離脱にかかる国民投票 2016年07月04日(月)

英国のEU離脱について(https://www.jetro.go.jp/ から引用)  過日英国では、EUからの離脱とEUへの残留についての国民投票が行われました。予想に反して?EUからの離脱の票数が小差で上回りました。多少時間がかかると思われますが、EU離脱の通告が英国からおそらくなされるでしょう。
 国民投票でEUから離脱を選択した票数が多いことが判明したとき、日経平均株価が暴落し、為替相場も円高に大きく振れました。日本から遠く離れた英国での出来事で日本は大きく影響を受け、さらに今後EUと取引の多い中国への影響次第で日本経済はさらに大混乱に陥ることも予想されます。
 英国がEUから本当に離脱した後、世界経済にそのことがどのような影響を及ぼすかは、それを選択した英国民をはじめ誰も予想がつかないそうです。
 このようにグローバル社会では、環境や経済、国際関係など様々な分野において、専門家であっても答えを持てない複雑で世界規模の問題が、私たち一人一人に影響を与える可能性があることを今回示しました。
 こうした課題を解決しながら、一人一人が充実した人生と持続可能な社会をつくるために、国立教育政策研究所の研究報告などでは、近未来を生き抜かなければならない子供たちには以下のような資質・能力を身に付けることを求めています。
○ 誰かが答えを出してくれるのを待つのではなく、一人一人が考えや知識、知恵を持ち、さらにそれらを持ち寄り、協働し、主体的に答えを作り出していくこと
○ インターネットなど情報化が進展したことで、既存の知識や情報が調べやすくなった。単に知識を覚えていることだけでなく、調べたことを使って考え、情報や知識を再構築することで新しい考えを生み出すこと
○ グローバル化の進展により、日本にいながら、様々な言語や文化、価値観を持つ人々との交流や協働の機会が増えてきた。情報化がそれに拍車をかけた。そのような機会に多様性を生かしながら、問題を解き、新しい考えを創造できること
 現在、目を外に向けると、グローバル化や多極化の進展、新興国・地域の勃興、産業構造や就業構造の転換、目を国内に向けると、生産年齢人口の減少、労働生産性の低迷、地方創生への対応など、新たな時代に向けて国内外で大きな社会変動がすでに始まっています。
 10年、20年後、本校の生徒が社会の中核となったころには、さらに先行きの見えない変化の激しい時代になっている可能性は十分にあります。
 そのときに、自らが主体的に問題を引き受けることができるか、問題解決に向けて自力あるいは他者と協働することができるか、知識を基盤にしながら、それを活用して新しい答えや価値を生み出すことができるか、などが問われるような気がします。
 本校では、知識を習得し定着させることはもちろんのこと、それに加えて、学校生活全般を通して、そのような資質・能力を身に付けていることの必要性を感じています。



「ドラゴン桜」の名言 2016年06月29日(水)

桐高の桜  「ドラゴン桜」を知っていますか。2003年に講談社の漫画雑誌「モーニング」で連載され、その後単行本としても出版された三田紀房(のりふさ)の漫画です。2005年にはTBSでドラマ化され大評判になりました。更に2010年には、韓国でも日本でドラマ化された「ドラゴン桜」をベースにして「韓国版ドラゴン桜」がKBSで放送されました。
 原作の漫画は、東大に合格するための様々な受験テクニックや勉強法などが紹介され、受験業界でも話題を呼びましたが、ドラマでは漫画とはやや異なった視点、受験を通じて生徒達が人間的に成長していくところが強調されていました。
 ちなみに、「ドラゴン桜」とは、作品の舞台である龍山高校の『龍』と今はなくなりましたが、昔は大学入試の合否を電報で受験生に知らせるサービスがあり、その電報文体のひとつである「サクラサク」という「合格」を意味する『桜』からつくった造語だそうです。

 「創造は、真似ることから始まる」
 「基礎的な学習が、すべての根元であり王道だ」
 「他人に促されなくても努力する人間が、一番成長する」
 「知識は、幸せをもたらす強力な武器だ!」
 「理想的な成績の伸ばし方は、壁にちょこちょこあたってその都度、乗り越えていくこと。右肩上がり一辺倒でいくと、ちょっとしたつまずきで急降下する危険が多い」
 「うまくいかなくても、そこで終わりじゃない。ダメなら新しいものに挑戦すればよい。さっさと次に乗り換えりゃいいんだ」
 「自分が精神的に自立していれば、本音とか建て前とか、細かいところは気にしないはずなんだ」

 これらのセリフは、主人公の弁護士・桜木建二が生徒達に投げかけたものです。
 ストーリーとしては、弁護士・桜木建二は、元暴走族のリーダーで警察に捕まってから改心して必死に勉強し東大に合格しました。しかし東大へは進学せず弁護士の道を選びました。あるとき彼は、経営破綻状態となった偏差値36の私立龍山高校を債務整理のために乗り込んできましたが、ふとしたことから方針を変更しました。理由は、今回の件で一発当てて、虎ノ門に大きな事務所を構えようと考えたからです。まずは破綻を回避し経営状態を良くしなければならない、そのためには超進学校をつくることでした。
 超進学校をつくるには、進学実績、それも東大の合格者数を上げるのが手っ取り早いと考え、5年後に東大合格者100名を出すことを掲げました。その目標達成のための手始めに校内に特進クラスをつくり、そこから今年度の東大入試で全員合格させると宣言しました。しかし、集まったのは将来に夢も希望も持てない6名の生徒たちでした。そんな彼らに対して、過去に受験指導で大きな実績を上げつつも様々な事情で表舞台から消えていた個性溢れる教師を集め、東大現役合格のために、独特な受験指導を始めました。話はこんな内容から展開していきます。
 桜木や個性溢れる教師たちのセリフ、「なるほど!」と思えるものが多かったです。



桐高大運動会水明杯争奪戦 2016年06月25日(土)

火文字  昨日は雨、今日も朝4時半くらいから強い雨が降りました。
 実施が危ぶまれましたが、「桐高大運動会水明杯争奪戦」ができて本当によかったです。
 これも生徒全員の強い願い(テルテル坊主作戦)がありそれが通じたのだと思います。
 さて本校の運動会が、なぜ水明杯争奪戦なのか、大運動会なのかわかりませんでした。
 ちなみに、本校では文化祭を「山紫祭」といいます。また以前より文化祭と運動会を隔年で行っています。
 この文化祭と運動会の名称を合わせると「山紫水明」になるのです。「山紫水明」は、自然の風景が清浄で美しいことで、日の光の中で山は紫にかすみ、川は澄みきって美しいことであり、桐高を取り巻く景観を見事に表した言葉、それが「山紫水明」です。
 本校の80年史によると、昭和42年9月に行われた50周年記念の文化祭を「山紫祭」としたいという生徒会の要望により、この「山紫祭」が命名されたようです。来年が本校創立100周年ですから、49年前に「山紫祭」が命名されたわけです。
 また昭和46年9月に行われた大運動会に関する職員会議で「水明杯」が作製され、当時10月に行われた大運動会から「桐高大運動会・水明杯争奪戦」となり、それ以降、「桐高大運動会水明杯争奪戦」が正式名称になったそうです。
 桐高大運動会の特徴は、まずは学年をまたがって構成される「団」でしょうか。
 まずは団作りが始まります。理数科には女子生徒がいるので、まずはその女子生徒のいる理数科の争奪から「水明杯争奪戦」は始まります。
 理数科は各学年2クラスなので3学年で6クラスです。ですから、女子のいる団が6団できます。ところが本校は各学年7クラスなので学年を縦断した団としては7つできます。
 つまり、7団のうち女子生徒が一人もいない団があるということです。
 また、団ごとに行われる応援合戦には驚きました。これは120名によるダンスパフォーマンスです。女子高ではあるかもしれませんが、男子の集団演技(女子生徒も少し入っています)は本当に珍しい。相当練習をしたのでしょうか。どの団も全員がすばらしいパフォーマンスを発揮しました。普通は高校生ともなれば、クラスに一人や二人はさめた生徒がいるものなのですが、そのような生徒は一人もおらず、各団ともに一致団結してダンスに取り組んでいたので感激しました。毎朝早くから練習をしていましたが、さすがにその成果は発揮されました。「騎馬棒倒し」これも説明が長くなるので省略しますが、安全対策を十分にして実施しますが、見ごたえのあるものです。その他の種目もクオリティが高く、よく工夫された内容でした。それを生徒全員が一生懸命やるところがすばらしかったです。
 そして後夜祭、これまた桐高名物の「火文字」です。いわゆるファイアーストームです。今年は「桐志(とうし)」でした。毎年「桐」の文字を入れます。火の前で、応援団、各実行委員の生徒たちが自分たちのおもいを話しますが、800人以上の生徒全員が一体となったこの光景も素晴らしいものでした。「第42代火文字係」のTシャツを着た生徒がいましたが、42年間続いていることも驚きです。なお大運動会は公開ですが、後夜祭は非公開です。



アクティブ・ラーニングの視点 2016年06月20日(月)

育成すべき資質・の力の三つの柱(http://www.mext.go.jp/ から引用)  アクティブ・ラーニングのような取組は以前からあったようですが、1991年に米国のチャールズ・ボンウェルとジム・エイソンによって、アクティブ・ラーニングが理論化され学習論になったといわれています。
 彼らの定義によるとアクティブ・ラーニングとは「学生にある物事を行わせ、行っている物事について考えさせること」であるとされています。
 また、アクティブ・ラーニングの一般的な特徴を以下のように捉えています。
(a) 学生は、授業を聴く以上のことをおこなう
(b) 情報の伝達より学生の技能の育成に重きが置かれている
(c) 学生は高次の思考(分析、総合、評価)を働かせる
(d) 学生は活動(例:読む、議論する、書く)に従事している
(e) 学生が自分自身の態度や価値観を探求することに重きが置かれている
 大学と高校とは異なりますが、「学生」を「生徒」と置き舞えることで少しアクティブ・ラーニングのイメージができるかもしれません。知識の量を増やすというより、知識の質を高めたり、資質・能力を育てたりするための手法であり、学習の深まりや社会生活や生涯学習を行うときに必要になる態度や能力の育成に重点が置かれているといわれています。
 ところで文部科学省では「アクティブ・ラーニングの視点を持った不断の授業改善」を求めていますが、授業における学習形態をグループで行うとは一言もいっていません。
 授業において大切なのは、学習形態ではなく、どのような視点で授業を行うかでしょう。
 アクティブ・ラーニングの視点とは以下の3つになります。
@ 習得・活用・探究という学習プロセスの中で、問題発見・解決を念頭に置きつつ、深い学びの過程が実現できているかどうか。
A 他者との協働や外界との相互作用を通じて、自らの考えを広げ深める、対話的な学びの過程が実現できているかどうか。
B 子供たちが見通しを持って粘り強く取り組み、自らの学習活動を振り返って次につなげる、主体的な学びの過程が実現できているかどうか。
 簡単にいうと授業の中に「深い学びの過程」「対話的な学びの過程」「主体的な学びの過程」の3つが授業を構成するとき、あるいは行うときに、意識しているかどうかが大切なことです。
 また大学受験のためには、知識・技能の定着とその活用を重視しなければなりませんので、授業において、講義型(教師による一方向的な授業による知識の注入)も当然必要になってきます。ただ今回の改訂では、それにとどまるのではなく、授業においては、アクティブ・ラーニングの視点を持った授業形態もある時間帯の中で入れ込むことが必要であると考えます。



高校野球夏の甲子園 2016年06月18日(土)

組合せ表  17日に第98回全国高校野球選手権群馬大会の組合せ抽選会があり、本校も対戦相手が決まりました。初戦は太田高校です。
 これから大会までの期間、日々の練習目標がより具体的になったので、一人一人の選手は心技体ともに充実し、競技力が向上する時期でもあります。
 部活動の中で、高校野球はマスコミの対応など少し他の部活動と異なるところではあります。硬式野球部以外の部活動の指導者や選手にとっては、熱心にやればやるほど「なんで野球だけ特別扱いなのか」と思ってしまうことがあるかもしれません。
 硬式野球の場合、最近のサッカー以上に、どの学校でもよく練習しますので、極端に技術が不足している学校はあまりありません。それだけ硬式野球は歴史があり普及しているといえます。
 ですから、どのチームと対戦するときも「弱い相手」「楽に勝つことができる」と思って侮ると思わぬ結果になってしまうこともあります。
 特に大会初戦は、どのチームも初めての試合であり、緊張する中でプレーをするので、普段の力が発揮できないこともあります。
 また、野球の不確実性の高さも手伝ってか、どのような展開になるか読めないところもあります。そこが高校野球の面白いところでもありますが、当該校にとっては複雑な心境になってしまいます。
 本校は、かつて甲子園大会で準優勝やベスト4など活躍し一時代を築いたことがあり、それが良くも悪くも心理的に影響を与えることがあるかもしれません。
 ただ監督の高島先生以下、部長・コーチの先生の日々の指導の下、生徒は一生懸命練習して心身ともに着実に力をつけていますので、周囲の期待をプラスに変えてくれると期待しています。
 まずは、大会が終わるまで、毎日の練習、練習試合、大会本番においてけがのないように、ウォームアップやクーリングダウンなどに細心の注意を払いながら取り組むとともに、心技体について、自分でもう少し努力すればできること、勝つためにはできなければならないことに日々挑戦してほしいものです。
 大会については、「勝負は時の運」という言葉のとおり、勝ち負けはその時の運によるもので、力の強い者が必ず勝つとは限らないですが、まずは一戦一戦、どのチームに対してもチャレンジ精神をもって誠実に戦ってほしいものです。
 大会の試合中でも、本人自身が何かきっかけでその気になれば、短時間のうちでも競技力は必ず向上するものです。



第42回吹奏楽委員会定期演奏会 2016年06月12日(日)

定期演奏会  今日は、吹奏楽委員会の定期演奏会が桐生市市民文化会館シルクホールでありました。
 この定期演奏会は今回で42回を迎えることができましたが、これも多くの皆様の長きにわたるご支援ご協力のおかげであると思います。
 本校の吹奏楽委員会は男子11名女子7名の18名です。
 少し部員数としては少ないですが、女子については、学校全体の約1割しかいない中、占める割合は多いです。また、ほとんどの女子部員は中学時代から吹奏楽部で活動していたそうです。
 本校の吹奏楽委員会の活動は大きく3つに分かれるのではないかと思います。
 ひとつは、入学式や卒業式など、学校行事のうちの儀式的行事における演奏の部分です。
 二つ目は、まちなかコンサートや秋の交通安全週間に合わせての教習所でのコンサートなど地域のイベントなどで演奏することで貢献する部分です。
 そして最後は、これが最も活動の中心となるところですが、自らの技量を高め、定期演奏会や各種コンクールで、芸術的な評価を得る部分です。
 ちなみに、本校の吹奏楽委員会は、昨年度の県吹奏楽コンクールで金賞を受賞し、西関東大会においても銅賞を受賞しましたので高いレベルを目標に努力しているといえます。
 慶應義塾の塾長であった小泉信三は「スポーツにおける練習は不可能を可能にするという体験を与えてくれる」と言っていますが、「スポーツにおける練習」の部分は「吹奏楽における練習」と置き換えることもできます。特に男子部員は高校になって始めた生徒もいるそうですが、平日はもとより土日も顧問の瀬下先生の指導のもとに、努力を重ねた結果、相当上達したようです。
 今日の演奏会は、第1部クラシカル・ステージ、第2部ステージ・ドリル、第3部ポップス・ステージで構成されていましたが、どのステージも目を見張るものでした。
 特に第1部の「100万回生きた猫ねこ」は、演劇部の生徒の朗読とコラボした素晴らしいものでした。
 来場した観客の心に感動を与える演奏を目指して、楽器ごとの練習や全体練習を日々積み重ねることにより部員全員が「できないことができるようになった」という体験ができたはずです。
 今日はそのような練習によって得た成果を十分に発揮し、会場の観客と一体となり心に残る演奏ができたのではないかと思います。



3年進路学習会あいさつ 2016年06月09日(木)

校長あいさつ  本日は平日のお忙しい中、3年進路学習会に多数の保護者の皆様にお集まりいただきましてありがとうございます。
 さて、5月に県高校総体がありました。部活動の中心である3年の頑張りもあり、バトミントン、少林寺拳法(男女) の優勝、軟式野球の準優勝をはじめ多くの部活動がよい成績を収めることができました。
 本校は、学校対抗において総合で6位と3年連続で入賞をしました。なお、得点に関しては今年度が一番多く得点を獲得することができました。
 関東大会は、バトミントン、男女少林寺拳法、卓球(団体)、ソフトテニス(ダブルス)、陸上競技の各部活動が出場資格を獲得しました。
 まだ多くの部活動で、これからインターハイ予選があります。また夏の高校野球の組み合わせは6月中旬に決まります。
 すでに関東大会やインターハイ予選が終了して受験勉強を迎える3年もいますが、本年度の最大級の学校行事である今月25日の大運動会が終わるまではどうも勉強に集中できない生徒もいるかと思います。
 部活や学校行事は、将来社会に出て役立つ能力である協働性や主体性を身に付けるために最適な取組であると思っています。
 ところで、現実の社会では勝ち負けがはっきりすることが多いのですが、高校生活の中では意外とそのような機会はありません。しかし、受験では、勝ち負け、あるいは成功失敗がはっきりします。ですから、その分生徒本人にプレッシャーが大きくかかります。
 受験はとかくマイナスのイメージを抱きやすいものですが、逃げずに正面から取り組めば、その中でたくさんの力を身に付けることができるものです。
 例えば、「目標を明確にして計画を立てる力、その計画を確実に実行する力」「やり続ける力」「うまくいかなかったら修正する力」「時間を意識しながら行動する力」「挫折をしても最小限の労力と最短時間で乗り切る力」などです。
 また模試の活用についてですが、模試はうまく使えば合格までのペースメーカーになります。
 センター試験の場合には、その結果が出たらそれを基に最終的にどこを受験するかを考えなければなりませんが、模試の場合はそんなことはありません。模試では結果がどんなによくても合格の保証にはなりません。
 模試で仮にA判定であってもそれは合格を意味していません。逆にD・E判定であっても不合格を意味しているのではありません。A判定でも入試本番でできなければ不合格、反対にD・E判定であったとしても本番がよければ合格できるのです。
 ですから、模試で示された合格可能性に一喜一憂することなく、センター試験本番までは、自分の力を信じて常にチャレンジする姿勢で志望大学の選択幅を広げてください。
 また、模試では自分ができなかったところを確実にできるようにしておくことが重要です。
 模試を真剣に受験すれば、自分のできるところとできないところをはっきりさせてくれますので、勉強する上での指針となります。
 受験を勝ち抜くためには最終的には時間をかけることが一番です。
 ですから、途中過程で自分の思いどおりの結果が出なくても、逃げずに、あきらめずに、最後まで食らいついて、努力し続けてください。
 本日は、合格までの受験勉強の仕方のポイントについて、駿台予備校大宮校の杉山先生から丁寧に説明していただけます。
 生徒と保護者の皆様が一緒に話を聞くメリットは情報を互いに共有できるところですので、ぜひお聞き漏らしのないようにしていただければと思います。



ニーバーの祈り 2016年06月06日(月)

祈り(https://www.seig.ac.jp/ から引用)  今、日本の高校教育全体が大きな転換期を迎えています。文部科学省では明治以来の大教育改革を行うといっています。この改革により、「教える」から「自ら学ぶ」へパラダイム転換が図られるはずです。
 一昨年は「高大接続改革答申」、昨年は高大接続システム改革会議「最終報告」、あるいは新学習指導要領に関する答申に向けての「論点整理」が公表されました。
 新学習指導要領については、本年度中に答申、来年度に告示(こくじ)、そして平成32年度から小学校平成33年度から中学校で一斉に、平成34年度から高校で学年進行により実施されます。
 更に本校では、5年後に桐生女子高校との統合も予定されており、新たな学校づくりを模索していかなければなりません。
 ところで、米国の神学者であり、哲学者であったラインホールド・ニーバー(1892-1971)が、1943年の夏、マサチューセッツ州西部の山村の小さな教会で説教したときの祈りのことばがあります。
 神よ、
 変えることのできるものについて、
 それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。
 変えることのできないものについては、
 それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。
 そして、
 変えることのできるものと、変えることのできないものとを、
 識別する知恵を与えたまえ。
ラインホールド・ニーバー(大木英夫 訳)
 大変に示唆に富んだメッセージです。  「他人と過去は変えられない。自分と未来は変えられる。」といわれるように、現実には、変えることが可能なものとそうでないものがあるわけです。まずはそれを見極めることが大切でしょう。  変えることができる場合に、時に変えた結果将来どうなるのだろうかと不安になり、そのことが障害となり先に進めなくなってしまうことがあるかもしれません。しかし、それでも変える必要があるならば勇気をもって変えるべきであり、それに対してエネルギーを集中させるべきです。  また、変えることができないものに対して、時にそれが受け入れがたいような現実であり、悩んだり悔やんだりして先に進めなくなるような場合であるかもしれません。しかし、それでも受け入れる必要があるならば、なんとかその状況を冷静にそして謙虚に、ありのままに受け止めるように努めるべきです。  それによって時間がかかっても、一歩前に進むことができるのではないでしょうか。



グッドルーザー目指して頑張れ 2016年06月03日(金)

関東大会壮行会  6月の第1週目と第2週目の土日には、多くの運動部活動の関東大会が各都県で行われます。関東大会の予選については5月中旬にあった県高校総体が兼ねていました。
 本校では、県高校総体で準優勝した軟式野球が一足先に5月下旬に関東大会に出場し、1回戦で神奈川県1位の横浜隼人高校には勝ち、準々決勝で東京代表の早稲田高等学院と対戦しました。惜しくも負けてしまいましたがベスト8でした。
 なお、これから開催される関東大会には、本校からはバトミントン、男女少林寺拳法、卓球、ソフトテニス、陸上競技の各部活動が出場します。
 それぞれ団体、個人ともに、自分の持てる力を十分に発揮してほしいものです。
 実際には、環境が変わったり、相手が強かったりすると、なかなか自分の力を発揮できずに試合が終わってしまうものです。どの競技でもそうですが、関東大会に出場してくるチームには予選を勝ち抜いているので、弱いチームはなく、よくて自分たちと同じくらい、ほとんどのチームは自分たちよりも強いでしょう。よくて接戦で勝つ、一歩間違えば大敗するのは仕方のないことです。
 そのような中で、自分の持てる力が発揮できれば、たとえ負けたとしても満足できるでしょう。
 ところで、「グッドルーザー(良き敗者)」という言葉があります。
 負けたときに潔く負けを認められ、かつ勝者を称えることができる人を指すそうです。
 ただしゲーム終了のホイッスルが鳴り、負けが確定する瞬間まで勝利を目指しあきらめずに最後まで全力を尽くして戦っていること、また、勝つことを目指して日頃から努力を積み上げてきていることなどが前提条件となります。
 本校の部活動はどの部も勝利は目指しますが、勝利至上主義ではありません。
 勝利至上主義になってしまうと、ともすると多少ずるいことをしても、あるいはアンフェアなプレーをしてでも、勝ちさえすればどんな手段を使っても許されるという誤った意識を生んでしまう恐れがあります。
 たとえ負けたとしてもその状況を自分の中で消化し、うまく処理できることが大切です。「グッドルーザー(良き敗者)」の精神を育てることで、負けたときに、自分のチーム内の他者の失敗を許す気持ち、そして相手の勝利や成功を喜んであげられる包容力を育むことができるのではないかと思います。
 スポーツの楽しさは、勝敗を競う楽しさとともに、お互いが自分の持っているメンタル面、技術面、体力面、戦術面等を十分に発揮して競いあう楽しさもあります。
 まだこれから、インターハイ予選、国体予選などで試合する機会がある部活動では終了の瞬間まで全力を尽くして戦ってほしいものです。



資質・能力とコンピテンシー 2016年05月31日(火)

3つのキー・コンピテンシー(https://www.nier.go.jp/ から引用)  最近の教育改革が語られるときには、「資質・能力」「コンピテンシー」という言葉がよく聞かれます。
 「資質・能力」について、文部科学省では、「資質」と「能力」の相違に留意しつつも、行政用語として便宜上「資質・能力」として一体的に捉えています。
 また、「コンピテンシー」とは、聞きなれない言葉ですが「業績の高い人の行動特性あるいは能力」といわれています。「資質・能力」とほぼ同じ意味で使っています。
 今までの日本では、評価される能力、あるいは育てたい能力は「学力」としてきました。ですから、知識の量がたくさんある人が、学力が高い人であり、能力が高い人であるといわれてきました。
 いま世界的な潮流の中で評価される能力、あるいは育てたい能力は、「価値のある個人的・社会的成果をもたらす能力」といわれています。
 またOECDでは「人生における成功と正常に機能する社会(持続可能な発展)の実現を高いレベルで達成する個人の行動特性あるいは能力」といっています。
 なお日本においては、最近公表された「答申」「論点整理」「最終報告」では、評価される(育てたい)「資質・能力」は、「よりよい社会と幸福な人生を作り出していける能力」としています。
 知識については、今までと同様に、その量がたくさんあったほうが良いけれども、それだけでは「よりよい社会と幸福な人生」を作り出せない、ということです。
 「高大接続改革答申」では「これからの時代に向けた教育改革を進めるに当たり、身に付けるべき力として特に重視すべきは、(1)十分な知識・技能、(2)それらを基盤にして答えが一つ に定まらない問題に自ら解を見いだしていく思考力・判断力・表現力等の能力、そして(3)これらの基になる主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度である」としています。
 具体的に育成すべき「資質・能力」としては、学力の3要素である「知識・技能」「思考力・判断力・表現力」「主体性・協働性・多様性・学びに向かう力・人間力」です。
 ちなみに、OECDでは、人の在り方を問う反省性(思慮深さ、深く考えること)を核心に置きながら、「キー・コンピテンシー」を次の3つに集約しています。
(1) 自律的に行動する能力<主体性(自ら課題を発見・考え・学び・解決のための行動)
(2) 多様な社会グループにおける人間関係形成力(協働性・多様性)
(3) 社会・文化的、技術的ツールを相互作用的に活用する能力(対話による知識・技能の活用)
 これからの生徒は、知識基盤社会や予見のできない新しい時代を、生き抜かなければならないので、学校生活の中で、「資質・能力」あるいは「コンピテンシー」が身に付くような授業改善や仕掛けが必要になってくると思います。



いわゆるアクティブ・ラーニング 2016年05月24日(火)

ラーニングピラミッド(http://www.nucba.ac.jp/ から引用)  平成26年11月に下村文部科学大臣(当時)から中央教育審議会(以下「中教審」)へ「初等中等教育における教育課程の基準等の在り方について」という諮問がなされました。
 また12月には、「新しい時代にふさわしい高大接続の実現に向けた高等学校教育、大学教育、大学入学者選抜の一体的改革について(答申)」いわゆる「高大接続答申」が公表され、高校教育の中に「アクティブ・ラーニング」という言葉が登場してきました。
 「アクティブ・ラーニング」は、大学教育においては平成20年12月に中教審が公表した「学士課程教育の構築に向けて(答申)」の用語集で登場しました。
 教員による一方向的な講義形式の教育とは異なり、学修者の能動的な学修への参加を取り入れた教授・学習法の総称。学修者が能動的に学修することによって、認知的、倫理的、社会的能力、教養、知識、経験を含めた汎用的能力の育成を図る。発見学習、問題解決学習、体験学習、調査学習等が含まれるが、教室内でのグループ・ディスカッション、ディベート、グループ・ワーク等も有効なアクティブ・ラーニングの方法である。
 高校では、大学で行う「アクティブ・ラーニング」と異なるので、文部科学省はその違いを意識してか、「いわゆるアクティブ・ラーニング」「アクティブ・ラーニングの視点を持った」というような言葉を使って区別しています。
 昨年から今年にかけて、高大接続システム改革会議の「最終報告」、新しい学習指導要領に関しての答申の公表に向けての中教審の「論点整理」、さらには群馬県では昨年度から始まった県教委のステップアップサポート事業などもあり、「アクティブ・ラーニングの視点を持った授業改善」は、各学校でも研修が進んでいることではないかと思います。
 授業改善は、まずは「アクティブ・ラーニング」ありき、まずは「グループ学習」ありきではありません。大事なのは授業形態ではなく、授業によって育成すべき「資質・能力」が生徒に身に付くかどうかです。
 中教審や文部科学省では、育成すべき「資質・能力」を明確にしました。そして、この「資質・能力」を育成するために、「何を学ぶか」という知識・技能についての質や量の改善がなされ、それに加え新たに「どのように学ぶか」という学びの過程において、「深い学び」「対話的な学び」「主体的な学び」が実現できるように、生徒の学びや教師のそれへのかかわり方が求められ、その結果、育成すべき「資質・能力」について「何ができるようになったか」の評価が出てきたと考えられます。
 そして、育成すべき「資質・能力」を身に付けるための学びとしては、今まで多くの先生がやってきた一方向的な講義形式の授業ではなく、アクティブ・ラーニングの視点を持った授業が効果的だということでしょう。ですから、授業の中に、ただ単にグループ学習を取り入れたからよいということではないわけです。教える教科・科目、学年、生徒のレベル、などにより授業の展開の仕方を変えることが必要になってきます。
 新しい時代に必要な「資質・能力」が身に付くような授業の改善が今後求められます。



受験の秘密兵器はストップウオッチ&タイマー! 2016年05月23日(月)

ストップウオッチが、ある東大生の人生を変えた!(http://president.jp/ から引用)  時間の管理は受験勉強においては絶対に必要なことです。
 実は、受験勉強だけでなく社会に出たときには更に必要になってきます。
 社会人になると、時間の管理が悪いルーズな人は、いくらパフォーマンスが高くても、評価されません。
 ところで、ストップウオッチやタイマーは大変便利なものです。スマホや携帯電話にもタイマー機能はついています。その使い方を知っていると受験勉強において断然有利になります。
 タイマーの使い方は、時間を減らしていくカウントダウン式と時間を積み上げていくカウントアップ式があります。
 カウントダウン式とは決めた時間をセットしてから徐々に秒数を減らしていく方式です。
 時間内に、ある作業を終えたいときには、残り時間を常に把握していないといけません。普段から時間に注意を払い、「あと残り時間は何分だ」ということを意識する習慣を身に付けたいものです。
 当然のことながら、大学入試では出題された問題を制限時間内に解かなければ得点になりません。ですから、演習問題を解くときなどは時間を計るようにして、普段から時間を意識する習慣を身に付けておくとよいでしょう。はじめは少しあせるかもしれませんが、慣れてくると、集中力が発揮できるようになります。
 カウントダウン式で日頃から時間を意識しておくことは、そうでない人に比べて、大学受験に向けて一歩も二歩も進んでいることになります。受験当日、たとえ緊張していても、追い詰められても、無意識のうちにペースを把握できるようになります。
 カウントアップ式とは、0秒から徐々に秒数を重ねて計っていく方式です。
 開始からどれだけ時間を積み上げたか、どれだけ時間を費やしたかを把握するときなどに使います。
 例えば、一日にどれだけ勉強したかを知りたいときには、勉強を始めたら「スタート」、終了するときには「ストップ」、それを勉強した分だけ繰り返し時間を計っておきます。昼休みのちょっとした時間、放課後の自主勉強、夕食前のちょっとした時間、短時間の学習でも積み上げれば相当な時間になることが実感できるはずです。
 また別の使い方としては、一度やった問題を繰り返すとき、その問題の解答時間のスピードアップを目指すときなどに使います。
 カウントダウン式、カウントアップ式のいずれのやり方を利用しても、ストップウオッチやタイマーで時間を計り、時間を意識していくことで成長の証を見ることができます。
 それによって、ささやかですが、学習の意欲が向上すると思われます。



県高校総合体育大会 2016年05月20日(金)

少林寺拳法部  5月13日から15日まで(陸上競技を除く)が、関東大会の予選を兼ねて県内各地で行われ、本校の生徒は日頃の練習成果を発揮することができました。
 バトミントンは2年ぶりの優勝、少林寺拳法はアベック優勝、軟式野球は決勝で延長の末惜敗し準優勝でした。ベスト4の競技は残念ながらありませんでしたが、多くの競技でベスト8やベスト16に入ることができました。さらに、開会式の入場行進では5年連続で優秀賞を得ることができました。これも日頃からの地道な練習の成果と顧問の先生の指導のたまものであると思います。
 また、陸上競技の県高校総合体育大会が5月19日から5月22日まで正田醤油スタジアム群馬で行われますが、個人種目を積み上げて、学校対抗でもがんばってほしいです。
 県高校総合体育大会が、インターハイ予選、新人大会、選手権大会予選などと異なるのは、各競技の成績に応じて点数がつき、それを足しあげてその合計点を競う学校対抗形式をとっているからです。
 ただ、学校の規模によって部活の数や生徒数が異なること、同じ優勝でも競技に参加した校数により点数が異なることなど、すべての学校が同じスタートラインに立って競っているわけではありません。ですから、学校の規模が大きいほうが有利ですし、共学校より男女別学校のほうが有利であることは間違いありません。
 ちなみに本校は近年、毎年6位入賞するかしないかのポジションに位置しています。
 ところで、本校の運動部活動で特筆すべきところは、どの部活動も部員の数が多いことです。自分が試合に出る出ない関係なく、部活動を行うことに意義を感じている生徒が多いからでしょうか。
 自分の現在持っている競技力で、大学へ進学しそこでも活躍したいと考えている生徒はほとんどいないでしょう。競技力を大学でさらに向上させて、オリンピック出場やプロになるケースはまれであり、現状としては、参加している生徒全員が、文武両道を目指して部活動に励んでいるのだと思います。
 運動部活動の意義はたくさんあります。「練習により不可能を可能にする経験をすることができる」「みんなで協力しながら一つの目標に向かってがんばる経験ができる(協働性)」「主体的に練習や試合に臨む姿勢ができる」「勉強時間や練習時間が多く取れないので、時間の使い方や計画の立て方が上手になる」「失敗を経験し、失敗から立ち直るきっかけをつかむ経験ができる。」「チームとしても、個人としてもチャレンジする姿勢ができる」
 部活動に、意欲的に取り組むことができれば、社会に出てから役立つような汎用的な能力を確実に身に付けることができます。
 ぜひ入学当初入った部活動を3年間続けてほしいものです。



勝つと思うな、思えば負けよ 2016年05月18日(水)

軟式野球部  6月に入るといろいろな競技の関東大会が始まりますが、軟式野球の関東大会は、5月20日から千葉県で開催されます。
 本校の軟式野球部は、準決勝で秋の関東大会準優勝校の前橋高校に延長13回4-3で勝ち、決勝は高崎商業に延長11回0-1で惜しくも負けてしまいましたが、関東大会の出場権を得ることができました。関東大会では、1回戦で神奈川県1位の横浜隼人高校と対戦することになりましたが、日ごろ鍛えた力を十分発揮してほしいものです。
 ところで、ずいぶん以前に亡くなりました歌手の美空ひばりが歌っていた曲に「柔(やわら)」があります。
 その一節に、「勝つと思うな、思えば負けよ」というフレーズがあります。このフレーズを以前に聞いたとき「なるほど!」と思いました。
 試合をするとき「勝とう」「勝ちたい」という気がなければ、当然勝負に勝つことはできません。しかし、「勝ちたい」気持ちが強すぎると、身体に妙な力が入ってしまったり、失敗したらどうしようという「未来への不安」が出てきたり、失敗してしまった「過去のこと」、うまくいかなかった「過去のこと」が気になってしまい、集中しなければいけない「今」に集中できなくなるということがあります。
 試合では、練習で培ってきたパフォーマンスが最大限発揮できれば、勝とうが負けようがとりあえずよいのですが、必要以上に勝ち負けにこだわりすぎると、培ってきたパフォーマンスを試合で最大限発揮できる精神状態を得られなくなり、残念な結果になることがよくあります。
 さらに、勝負どころで相手に得点を許してしまった時など、「勝とう」「勝ちたい」の思いが強すぎると、その反動から、かなり大きなショック受けてしまうこともあります。
 パフォーマンスを最大限発揮できる精神状態を考えるとき、テンションが高すぎても逆に低すぎても、から回り状態になります。このように精神をうまくコントロールできなければ、結果として自分の思うようなパフォーマンスを発揮できないことはよくあることです。
 最後まで、自分のパフォーマンスを最大限に発揮できるような精神状態を維持できると意外と相手が先にこけてくれて、勝てるなんて言うことがあります。
 関東大会では、まずは必要以上に勝ちや負けにこだわらず、自分のテンションをうまくコントロールしながら、今の状況に集中して、一球入魂で目の前に起こっていることに対処することができたのならば、必ずよい結果が生まれるでしょう。
 敵に勝つのではなく、普段の力を発揮できない自分の弱さに勝とうと思えばいいのです。



明治以来の教育システム大改革 2016年05月09日(月)

高大接続改革の全体像(http://www.mext.go.jp/ から引用)  明治以来の教育システムの改革は、東京オリンピック開催の2020年をターゲットイヤーとして、2030年以降の社会を踏まえながら、新しい時代を生き抜くために必要な資質・能力を明確にし、それを育てることを目指して準備が進められているといわれています。
 2014年12月に中央教育審議会(以下「中教審」)から「新しい時代にふさわしい高大接続の実現に向けた高等学校教育、大学教育、大学入学者選抜の一体的改革について」(以下「高大接続改革答申」)が答申され、それを受け翌年1月に「高大接続改革実行プラン」が文部科学大臣決定され、さらにプラン実現のためのロードマップを「高大接続システム改革会議」が約1年かけて検討し、その「最終報告」を2016年3月に公表しました。
 また、2014年11月に下村文部科学大臣(当時)が「初等中等教育の教育課程の規準等の在り方について」を中教審に諮問し、それを受け中教審教育課程企画特別部会が新しい学習指導要領の方向などについて検討し、2015年8月に「論点整理」を公表しました。
 「高大接続システム改革会議」が高等学校教育、大学教育、大学入学者選抜について、「教育課程企画特別部会」が義務教育や高等学校教育について、それぞれの段階で果たすべき役割や身に付けるべき資質・能力などを明確に示しました。
 これにより、初等中等教育(小中高)から高等教育(大学)までの一貫教育システムの方向が示され、その構築に向けて動き出したといえます。
 グローバル化は日本社会に多様性をもたらし、また、急速な情報化や技術革新は私たちの生活を質的にも変化させつつあります。こうした社会的変化の影響が、身近な生活も含め社会のあらゆる領域にもうすでに及んでいますが、教育の在り方についても新たな局面を迎えたといえます。
 「最終報告」や「論点整理」では、将来の変化を予測することが困難な時代を前に、子供たちには、現在と未来に向けて、自らの人生をどのようにデザインしていったらよいのか、また、自らの生涯を生き抜く力を培っていくことが問われる中、新しい時代を生きる子供たちに、学校教育は何を準備しなければならないのか、示しています。
 なぜいま、明治以来の教育システム改革なのか。
 ややこじつけのようなところもありますが、文部科学省によると日本の学校制度の改革は70年ごとに行われているそうです。
 日本の近代学校制度は1872年に公布された学制から始まり、そこから約70年後の1947年に学校制度などを具体的に示した学校教育法が制定されました。それから約70年後の2014年には教育システム改革プランともいえる「初等中等教育の教育課程の規準等の在り方について(諮問)」や「高大接続改革答申」が公表されました。
 明治の学制以来140年間、日本の教育は大きな成果を上げ、蓄積を積み上げてきましたが、この節目の時期に、これまでの教育の流れを踏まえつつ、新しい時代にふさわしい学校の在り方を求め、新たな学校文化を形成していく必要があると考えて文部科学省はこの大きな改革を進めることを決意したようです。



知識基盤社会 2016年05月08日(日)

社会経済の変化に伴い重要性の高まる事項(http://www.mext.go.jp/ から引用)  世界は、産業革命以降、約3世紀にわたって、産業を発展させ、モノをつくり出し、資本主義を発展させることで、国家の近代化を推進する「産業主義社会」がずっと続いてきました。しかし近年、この「産業主義社会」から新たな社会へ移行しつつあります。
 この新たな社会を「脱工業化社会」「高度情報化社会」などと呼ぶこともありますが、平成17年の中央教育審議会答申(「我が国の高等教育の将来像」)では、このような社会を「知識基盤社会(knowledge-based society)」と呼びました。
 最初に「知識基盤社会」という言葉が使われてもうすでに10年以上経ちます。いまの社会はまさに「知識基盤社会」といえます。
 答申では、「知識基盤社会」を「新しい知識・情報・技術が、政治・経済・文化をはじめ社会のあらゆる領域での活動の基盤(土台)として飛躍的に重要性を増す社会」と定義しました。この「知識基盤社会」では常に知識が更新されています。
 また「知識基盤社会」の持っている特別な性質(特質)として、
  1. <知識には国境がない>グローバル化が一層進む。
  2. <知識は日進月歩(絶えず進歩する)である>競争と技術革新が絶え間なく生まれる。
  3. <知識の進展は旧来のパラダイムの転換(いままでの社会の規範や価値観が変わることを伴うことが多い)>幅広い知識と柔軟な思考力に基づく判断が一層重要になる。
  4. 性別や年齢を問わず(多様性)社会に参画することが促進される。
をあげました。
 「知識基盤社会」では、知識は絶えず更新されており、「やっとのことで得た新しい知識であっても、あるときふと気づいたときにはすでに役に立たなくなっている」というようなことが往々にして起こります。
 「知識基盤社会」では絶えず知識の更新が行われるので、ずっと学び続けなければなりません。学びを学校で終わりにせず、生涯にわたって続けることが必要になってきました。
 学校では、卒業後も生涯にわたって学び続けられるように、生徒に「学ぶ方法」や「学ぶ姿勢」を身に付ける必要が出てきました。
 「知識基盤社会」では、知識を蓄積しそれを再生するだけの従来型のやり方では対応できなくなっています。
 得た知識を使いこなせるような能力、いわゆる活用力(思考力・判断力・表現力)を身に付けなければなりません。また一人一人の持つ主体性や多様な個性を尊重しながら、多様な人々と学び、働きながら、主体的に人生を切り開いていく力を育てならなければなりません。
 「知識基盤社会」では生涯にわたって学び続けることが求められますから、高校の大きな役割としては、生涯に渡って学び続けるための基盤づくりとなるわけです。



今に集中 2016年05月02日(月)

壮行会の様子  先週は、本校の県総合体育大会の壮行会が行われました。当日は出張で残念ながら壮行会には出席できませんでした。
 ところで、県総合体育大会やインターハイ予選など公式試合に臨むに当たって大切なことは何でしょう。
 それは、今までの練習で身に付けたことを試合ですべて出しきることでしょうか。練習で身に付けてきた力をすべて出せるようなゲームができたら、たとえ負けたとしてもその時点ではナイスゲームなのではないでしょうか。
 しかし、実際にはこれは大変難しいことです。
 例えば、相手が、自分たちより強ければ強いほど、力を発揮させてもらえずに負けてしまいます。また「弱い相手」「軽く勝てる」と思ったら意外と粘ってきたときなど、「こんなはずではなかった」という気持ちからくるあせりのためか、これもまた持てる力を発揮できずに負けてしまう場合もあります。
 「他人と過去は変えられない。変えられるのは自分と未来」とはカナダ出身の精神科医であるエリックバーンの言葉として有名です。
 事実を変えることはできませんが、自分の受け取り方を変えることで、その出来事に対しての見方を変えることはできます。また、心と身体は表裏一体ですので、気持ち次第でプレーの状態が変わるかもしれません。
 どんなチームであっても、「失敗したらどうしよう」「負けたらどうしよう」「シュートはずしたらまずいな」という『未来に対して不安になる気持ち』、あるいは「失敗してしまった」「シュートはずした」「ノーマークにしてしまった」という『過去を悔やむ気持ち』が、試合では、多かれ少なかれ「出ては消えている」はずです。
 うまくいかないときは、『未来に対して不安になる気持ち』『過去を悔やむ気持ち』が心の中にいっぱいになってしまい、集中すべき<今>が入る余地がなくなってしまいます。
 本来は<今>に集中して、刻々と変化する戦況に対して対応すべきなのに・・・。
 まずは相手チームが強くても弱くても、とにかく試合中は<今>に集中し、やってきたことをすべて出し切れるようにすることです。
 当然、100%の力を出し切っても勝てないチームは存在するわけで、もし現時点での100%の力を出し切って負けたのなら、それは仕方のないことなのです。
 どんなチームと対戦するときでも、常に持てる力を発揮できるようになれば、結果として、少し上のレベルチームや同レベルのチームとやっても大会で勝てるようになるでしょう。また、レベルの高いチームと試合するときでも「相手がもしなめてきたら」番狂わせを起こせるようになると思います。



練習は不可能を可能にする 2016年05月02日(月)

小泉信三氏の書(http://www.keio.ac.jp/ から引用)  「練習は不可能を可能にする」という言葉をどこかで聞いたことがありませんか。
 この言葉は、経済学者・社会思想家であり、慶應義塾長であった小泉信三が好んで口にしていたといわれる「スポーツが与える三つの宝」のうちのひとつです。この言葉はまさに、スポーツを行う意義を的確に示している気がします。
 スポーツで得られる三つの宝とは、
 1 練習は不可能を可能にするという体験
 2 フェアプレーの精神の体得
 3 友を得ること
です。
 一つ目の宝である「練習は不可能を可能にするという体験」については、『できなかったことが練習を重ねることによりできるようになる』ことを、スポーツを通じて体験することできると述べています。
 二つ目の宝である「フェアプレーの精神」については、フェアプレーとは、潔く正しく、そしてどこまでも正々堂々と戦うことであり、卑怯なことや不正なことはしないで礼節を持って最後まで戦うことといっています。
 そして、スポーツは、無礼の精神、つまり『自分がされたくないことは相手にもしない』を養うことができ、その精神を最も痛切に体験できるのは、勝負を競う試合をしている間であり、その中で養われると述べています。
 三つ目の宝である「友」については、スポーツを通じて、自分が信ずる友、自分を信じてくれる友、何でも言える友、何を言っても誤解されない友、喜びも苦しみも分かち合える友、生涯の友を得ることができると述べています。同じチームで、練習の労苦をともにした友、あるいは一緒に試合に出場したいわば戦友ともいうべき友、さらには敵となって勝負を争った相手、これらの人々との交りは格別のものであると述べています。
 スポーツが与えてくれる最大の恩恵は、「練習する」体験を与えてくれることでしょう。
 そして、その練習を積み重ねることを通して『できないことができるようになった』という経験を得ることができるのです。ただひたすら練習を重ねることによってのみ、私たちは『不可能のことを可能にすることができる』わけです。
 実はこの体験は、スポーツだけでなく、受験、もしかしたら学問研究の上でも、同様に置き換えることができるのではないかと思います。
 「練習は不可能を可能にする」ということは、すなわち「努力は不可能を可能にする」とも置き換えることができるのではないでしょうか。そして、「できないこと(もの)ができるようになった」という体験は人生において様々な壁にぶち当たった時にそれを乗り越えるときにきっと役に立つはずです。
 スポーツであれ、受験であれ、そして学問上の研究であれ、ひたむきに根気強く努力を続けた経験は今後の人生に大きく役立つはずです。



学力の3要素について 2016年04月25日(月)

確かな学力(http://www.mext.go.jp/ から引用)  一般に、日本では学力が高いといえば知識の量が多いことを指します。しかし、グローバルスタンダードの学力は、知識だけではなくそれ以外の要素も含まれます。世界から見ると、日本は知識を偏重し過ぎているといわれています。
 さて、学力については、平成19年に学校教育法が改訂されたときに、第30条第2項ではじめて定義されました。
 高等学校における教育において、『基礎的な知識及び技能』『これらを活用して課題を解決するために必要な思考力、判断力、表現力その他の能力』及び『主体的に学習に取り組む態度』を養うことに特に意を用いなければならない。
 この『』の部分が「学力の3要素」といわれているものです。
 このとき日本は、グローバルスタンダードの学力の方向へ舵を切りましたが、当時、日本の大学入試は知識重視であり、知識をたくさん持っていなければ合格できませんでしたので、高校現場においては、ほとんど「学力の3要素」が意識されていませんでした。
 平成26年12月22日に中央教育審議会が「高大接続改革答申」を公表し、「学力の3要素」について、社会で自立して活動していくために必要な力という観点から捉え直され、
 高等学校教育を通じて(@)これからの時代に社会で生きていくために必要な、「主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度(主体性・多様性・協働性)」を養うこと、(A)その基盤となる「知識・技能を活用して、自ら課題を発見しその解決に 向けて探究し、成果等を表現するために必要な思考力・判断力・表現力等の能力」を育むこと、(B)さらにその基礎となる「知識・技能」を習得させること
とし、特に主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度の重要性が示されました。
 さらに、平成28年3月31日付で高大システム改革会議が公表した「最終報告」では、「学力の3要素」を、
 これからの時代に向けた教育改革を進めるに当たり、身に付けるべき力として特に重視すべきは、(1)十分な知識・技能、(2)それらを基盤にして答えが一つ に定まらない問題に自ら解を見いだしていく思考力・判断力・表現力等の能力(3)これらの基になる主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度である。
とし、これらのすべてを、一人一人の学習者に身に付けることを求めています。
 また「最終報告」では、予見の困難な時代には、多様な人々と学び、働きながら、主体的に人生を切り開いていける力を育てることが不可欠であることを明確に示しました。
 日本の学力の定義は、グローバルスタンダードの学力の方向に、強くそして後戻りができないように舵を切りました。これからの大学入試は「学力の3要素」に基づいた形態で順次行われるとともに、この傾向は加速度的だと思います。



偏差値について 2016年04月22日(金)

偏差値(http://sakuracoms.net/ から引用)  先月末に、学力偏差値を考案した桑田昭三さんが亡くなりました。桑田さんは、今から50年以上前に、東京都内の公立中学校の教員をしていました。その当時の進路指導はベテラン教員が校内テストの順位からどの程度の順位があればどの高校に合格ができるかを過去の経験から推定して生徒や保護者に伝えそれに基づいて受験するというやり方でした。桑田さんはそのやり方に異を唱え、大規模テストによる偏差値の評価を合否の推定に用いることを思いつき、テスト会社に転じて、偏差値による高校入試の合否推定を行ったといわれています。このやり方はあっという間に全国に広がりました。当時、偏差値は厳しい批判も受けましたが、結局、今では高校入試だけでなく、中学入試・大学入試でも合否推定のために偏差値が使われています。
 偏差値は、「( 得点 − 平均点 ) ÷ 標準偏差 × 10 + 50」で求められます。
 得点が平均点と同じだった場合には偏差値は50となります。
 一般には、教科の違いや問題の難易度の違いにより、それぞれの試験の平均点や標準偏差は異なるので、様々な試験の成績を点数だけで単純に比較することはできません。そのために考え出されたものが偏差値です。偏差値はそれらを常に平均が50、標準偏差が10となるスコアに変換して、比較できるような数値としたものです。
 偏差値は集団の中での「比べっこ」であり、同じ偏差値50であっても母集団の質が異なれば学力レベルが同じであるとはいえません。
 例えば、偏差値が、中学のときの模試で70であったとしても、高1の模試では60、高3の模試では50、なんていうのも珍しくありません。
 中学の模試では将来大学へ行かない生徒も受験します。ところが高3の模試では場合によっては既卒者が受験することもあります。高2、高3と学年が上がるにつれて、模試によっては偏差値50を取ることが困難になるので「こんなに勉強しても1年のときのような成績が取れない、スランプだ」と考えている生徒もいるかもしれません。
 学力が向上したとしても、母集団の質、つまり母集団が学力の高い集まりになれば、そう簡単には偏差値は上がらないのです。
 高校に入って模試を受けると偏差値55などは良いほうで、場合によっては、偏差値40くらいの中学時代では見たこともないような結果が返ってきてしまい、とても保護者には見せられないという生徒もでるかもしれません。
 生徒も保護者も、偏差値はある特定の母集団の中での本人の学力的な位置を表しているだけであり、あくまで目安でしかないと知っておく必要があります。
 ですから、模試を受けるとき偏差値に一喜一憂をしないことが基本です。模試の偏差値や得点は自分の理解度や目的達成度を知るための重要な指標ですが、それ以上でもそれ以下でもありません。
 模試は、そこでの得点や偏差値を指標・目標にしながらも、自分のできなかったところを発見してそれをできるようにするために活用すべきであると思います。



SSTオリエンテーション 2016年04月19日(火)

桐生高校SSH概要図 クリックしてください  本校は、平成19年度に、文部科学省から、初等中等教育段階の科学技術人材育成支援事業である「スーパーサイエンスハイスクール(以下「SSH」)」の指定を受け、群馬大学理工学部の支援・指導の下、高大連携を軸として5年間取り組みました。
 その成果と実施計画が認められて、さらに平成24年度から再度5年間の研究指定校を受けることができました。
 昨日は、SSHの取組のうちのひとつである「SST」の1年生対象のオリエンテーションがありました。
 「SST」にはサイエンスフェスタという行事があります。学校公開のときに、中学生を対象に実験などを行いその指導を本校の1年生が行います。自身がそれに中学生のときに参加したことで、本校を希望した生徒が多かったのには驚きました。
 現在、本校のSSHの研究テーマは、群馬大学理工学部の支援・指導の下「大学及び小中高・企業・自治体との連携により,この地区における理数教育モデルを構築し,未来の国際社会を担う科学技術系・環境共生型人材を育成するプログラムの研究開発を行う。」というものです。
 そして研究の概要としては、「科学技術系人材の育成」「科学的素養・国際性の育成」「環境共生型人材の育成」という三つの研究課題を設けています。
 文部科学省は、平成14年度に、科学技術・理科教育を充実させるための取組を総合的・一体的に推進するために「科学技術・理科大好きプラン」を打ち出し、科学技術系の人材育成と理科好きを増やすための取組を開始しました。
 SSHとは、その「科学技術・理科大好きプラン」の事業のうち、初等中等教育段階での将来の国際的な科学技術系人材を育成することを目指して,理数系教育に重点を置いた研究開発を行う高校等を対象とした人材育成事業のことです。
 県内では昨年度は本校と前橋女子高校だけでしたが、本年度より高崎高校が再指定されました。
 研究開発校に指定されると、人材育成のために科学技術振興機構(JST)を通じてたくさんの研究開発費(国費)が出ます。それは、日本が科学技術創造立国をかかげ、科学技術や科学技術系の人材育成に力を入れているからです。日本のような資源の乏しい国は科学技術を発展させることで国を繁栄させていくしか方法がありません。
 SSHにかかわる生徒は、そのことをしっかり意識し、感謝しながら、それぞれの取組に積極的に参加してほしいものです。



1年宿泊オリエンテーション 2016年04月15日(金)

宿泊オリエンテーション  1年を対象に、平成28年度の「宿泊オリエンテーション」を、4月14日〜15日(1泊2日)国立赤城青少年交流の家で行いました。
 この合宿のねらいはいくつかあります。
○ 桐高で学校生活を送る上で基盤になることを身につけさせる。
○ 中学と高校の授業の違い、授業進度が速いこと、予習・復習の意義とそのやり方などを理解させることで、予習→授業→復習の学習サイクルが自分でつくれるようにする。
○ 集団行動の体験を通して級友と円滑な人間関係を構築する。ルールやそれを守ることの大切さを理解させるとともに、自分自身が少し我慢するだけで、集団行動が円滑に行われることを気づかせる。

 合宿を入学式から1週間も経っていない時期に行うことで、生徒に多様性や協働性を発揮する経験をさせることができました。
 この合宿では、授業の受け方や学校生活の送り方などを学ぶ以外に、オリエンテーリングなどグループやチームで行う内容も盛り込まれていました。
 ですから、あまり知らない生徒同士が協力し合って与えられた課題をチームで解決することを経験できました。
 生徒は桐生市内だけではなく様々な地域から来ています。入学後1週間も経っていないので、生徒同士あまり話してないでしょう。当然名前は知らない、性格もわからない状態だったでしょう。知らないもの同士が、与えられたミッションを達成するために、コミュニケーションを図ろうとして、自分から話したり相手の話を聞いたりする。その過程で、相手の能力や性格などを知り、それをうまく発揮しあうことでミッションを達成する、そのようなことをこの合宿では経験したようです。
 学年主任が、「7月の模試では学校偏差値を○○以上」といっていましたが、その目標達成に向けて、個々の生徒がそれぞれの教科の得意を伸ばし苦手を克服するために、それぞれが協力しあいながら頑張る。そのようなことも広い意味で協働性を身に付けるためのトレーニングといえるでしょう。
 入所式の時はほとんどの生徒は緊張していましたが、最終日にはだいぶ慣れて退所式の際には「桐高1学年」としてのまとまりができたようです。

○ 協働性とは、複数の人たちが、何らかの目標や課題を共有し、その目標達成、課題解決のために、ともに力を合わせて活動することをいいます。
○ 多様性とは「ダイバーシティ」といわれ、「幅広く性質の異なるものが存在すること」「相違点」のことです。社会科学的には、性別・年齢・地域などにこだわらずに多様な人材を生かし、最大限の能力を発揮させようとする考え方で、社会の変化と発展には不可欠な要素といわれています。ただ、単純に異なるものが混じればよいのではなく、一人一人が確固たる自分を持ち主体性を維持しながら、相互に相手の違いに価値を見出し尊重することにより、最大の変化を促すことができるといわれています。



開校記念式典式辞 2016年04月13日(水)

校長式辞  まさに春を感じる今日のよき日に、本校の開校99周年記念式典を執り行うことが出来ますことを、心より感謝申し上げます。
 この開校記念式典に、ご多忙中にもかかわらず、同窓会長様をはじめ、多数の同窓会の皆様のご臨席を賜り、厚くお礼申し上げます。
 なお、皆さんの先輩である中沢秀夫様にはお忙しい中、後輩のために、この後、ご講演いただける予定になっております。本当にありがとうございます。
 ところで、本校はご承知のように、1917年、大正6年、桐生町立桐生中学校として設立され、その年の4月11日に第1回の入学式が行われました。本校ではこの日を開校記念日としています。
 さて本校は、開設するにあたり桐生の町の人たちの教育に対する熱い思いのおかげで無事開校することができたという経緯があります。
 明治から大正にかけて、県内各地に前橋中学校の分校が設立されました。しかし、奈良時代より絹織物の産地として知られ、昔より「西の西陣、東の桐生」といわれ、桐生織は京都の西陣織と並び称された織物の街である桐生においては、中学校ではなく、群馬大学理工学部の前身である桐生高等染織学校のルーツでもある町立桐生織物学校が設立されました。
 したがって、桐生の町においては、中学校で学びたいものは、近隣の太田や佐野、前橋の中学校に通わざるを得ない状況にあり、下宿生活を余儀なくされていました。これを憂えた桐生の1000名を超える町の人たちから、当時の額で3万5千4百円余りの多額の寄付金が寄せられました。その結果本校は、大正6年に、全国二番目となる町立の旧制中学校として創立することができました。
 そのような熱い思いの桐生町の人たちに支えられながら、創立以来、99年にわたり、2万4千名以上の卒業生を送り出すことができ、その卒業生は、有為な人材として、国内外の各分野にわたり、活躍しています。
 学校創立当初には二つの目的があったようです。一つは、中学校を卒業してすぐに、実社会に入って実務家として社会で活躍できる人材の育成であり、もうひとつは、一般教養を主体に学び、卒業後、上級学校への進学を目指す人材の育成でした。本校の実態としては、主に後者であり、多くの生徒が上級学校へ進学していました。このことが、本校が「伝統ある進学校」といわれる理由の一つでもあります。
 さらに、大正10年3月1日には町立中学校より、群馬県立桐生中学校と改称し、県内で8番目の県立中学校となりました。このときにも多くの町の人たちから多大なるご支援があったと聞いております。
 昭和14年には、現在の美原町の敷地に校舎が移転され、昭和23年に、学制改革により、群馬県立桐生高等学校と改称されました。同時に定時制課程が開設されました。
 昭和39年には、不幸にも火災にみまわれて、本校舎の大半を焼失しました。しかし、翌40年には、新校舎が着工され、校舎については現在まで受け継がれています。なお、定時制課程については昭和56年に閉校になりました。
 平成10年には男女共学の理数科が新設されて今年で19年目を迎えることができました。
 また平成19年には文部科学省から初等中等教育段階の科学技術人材育成支援事業である「スーパーサイエンスハイスクール」の指定を受け群馬大学理工学部の支援の下、5年間取り組みました。さらにその成果と実施計画が認められて、平成24年度から再度5年間の研究指定校になることができました。
 このように、時代が変わろうと、常に本校を見守ってくれる桐生の人たちの温かい支援を受けながら、本校は地域を代表とする学校として今日まで歩んできたところです。
 終わりに、現在群馬県全体では児童生徒の数が減少する時期を迎えました。今後は、特に桐生・みどり地区において児童生徒の数が急減する時期を迎えます。それに伴って本校は、学校の将来を考える際には、次のステージについて考えていかなければならないときを迎えました。
 本校は節目となる百年を目の前にしていますが、生徒の皆さんは、どうか桐生の街の人たちの温かい支援、あるいは先輩方が営々と築き上げられた本校の歴史と伝統の重みをしっかり受け止め、改めて桐高生としての誇りと自信を奮い起こし、自己の資質・能力の向上とともに、母校桐高のますますの発展のために力を尽くしてくれることを期待しています。



入学式式辞 2016年04月08日(金)

校長式辞  紫色に輝く桐生の山々にも、渡良瀬川の流れにも、春の訪れを感じる今日のよき日を迎え、平成28年度の入学式を執りなく行うことができますことを、心より感謝申し上げます。
 この晴れの式典に、ご多忙中にもかかわらず、PTA会長様、同窓会長様をはじめ、多数のご来賓と保護者の皆様のご臨席を賜り、厚くお礼申し上げます。
 ただいま入学を許可された新入生の皆さん、伝統ある桐高への入学おめでとう。そしてこれまでずっと新入生を支えてきました保護者の皆様、お子様のご入学を祝し、心よりお慶び申し上げます。
 桐高は280名の皆さんの入学を心から歓迎いたします。
 あと一年で創立百年を迎える本校は、普通科に理数科を加えて19年目、文部科学省のスーパーサイエンスハイスクールに指定されて10年目となりました。
 授業はもちろん、部活動、スーパーサイエンスハイスクール、学校行事、など日々充実した教育活動を行うことで、ここ数年、国公立大学現役で100名前後、昨年度は109名の生徒が現役合格することができました。
 さて、皆さんを待ち受けているこれから先の時代について、英国オックスフォード大学で人工知能の研究をしているマイケル・オズボーンという学者が数年前に「今後、10年から20年程度で、米国の総雇用者の約47パーセントの仕事が、そして日本でも約半数の仕事が、自動化される可能性が高い」と結論づけました。
 これから先、10年、20年後、皆さんが社会の中核として活躍する頃、グローバル化がさらに進み、生産年齢人口が減少し、それに加えてオズボーンの指摘しているように、コンピュータやロボットなどが高度化することにより、今とまったく異なった社会構造、雇用形態になるかも知れません。
 先月31日に「高大接続システム改革会議」が明治以来続いてきた日本の教育システムを変更するためのロードマップである「最終報告」を公表しました。
 その報告の中では、新しい時代を生きる上で必要とされる資質や能力として、十分な知識・技能、それらを基盤にして「答えが一つに定まらない問題に自ら解を見いだしていく」思考力・判断力・表現力等の能力、そして、これらの基になる主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度、としています。
 では、これらの資質や能力は、どうすれば身につけることができるか。
 答えは簡単です。それはまずは「独立自尊」「文武両道」を目指す本校での学校生活、つまり授業、部活動、学校行事、スーパーサイエンスハイスクールの取組などを充実させることにあります。
 ところで、それらの資質や能力の中でも、特に重要なのは「主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度」であると考えています。
 様々な考え方を持つ他者と目標達成や新たな価値をみいだすために、お互いの良さを生かしながら、協力しあうこと、自分の意志や判断によって自ら責任をもって行動すること、さらには失敗を恐れずとにかくチャレンジしてみること、などを意識し実行することが大切です。
 今日から皆さんは桐高の1年生です。これからはじまる桐高での学校生活は中学時代とは違って初めて経験することが多いはずです。また、知らない人たちと力を合わせていくことも出てきます。
 はじめて取り組むことは、うまくいかなくて当たり前、失敗する確率は高いものです。失敗を恐れずに、まずは桐高での三年間、自分が「これだ」と決めたことに、あきらめずにチャレンジし続けてほしいものです。
 「失敗するかもしれない」と躊躇してチャレンジしなければ、最初と何も変わらず、何も得られずに現状維持のままです。現状維持は実は時間が経過している分だけマイナスです。
 勉強でも部活動でも、そして学校行事においても失敗を恐れずに、躊躇することなく最初の一歩を踏み出してください。
 もし皆さんの考えや進む方向が真理であるならば、途中で様々な困難なことにぶつかることがあったとしても道は必ず開けてくるはずです。あきらめずに続けてください。
 終わりに、280名の新入生の皆さんの健康と桐高での限りない成長を祈念するとともに、ご臨席賜りましたご来賓の皆様、保護者の皆様に心よりお礼申し上げ、式辞といたします。



第1学期始業式式辞 2016年04月08日(金)

校長式辞  10日ほど前の先月31日に、「高大接続システム改革会議」から「最終報告」が発表されました。
 「高大接続システム改革会議」は、名称のとおり、明治以来続いてきた日本の教育システムを改革するためにできた会議であり、高校、大学、それをつなぐ大学入試について、それぞれ新しいシステムを計画し実行していくためのロードマップについて検討する会議でした。
 そして、この「最終報告」には、高校、大学、大学入試の改革について、それぞれの内容、具体的にどのように実行するのか、スケジュールの上で、何をどの時期に行うか、などについて書かれています。
 ところが、それぞれが検討されたにもかかわらず、新聞などの報道では、大学入試改革、それも大学入試センター試験の代わりに行われる「大学入学希望者学力評価テスト」のことしか報道されませんでした。
 みなさんは2020年に「大学入学希望者学力評価テスト」を受けることはたぶんないと思うので、このニュースにあまり関心がなかったかもしれません。
 しかし、この教育システムの改革の一番のターゲットは、高校教育の改革といわれています。
 ですから、高校教育の中で改革する部分を、大学入試のときに、活用できるように、大学入試を改革すると考えるほうがわかりやすいかと思います。
 そして、「大学入学希望者学力評価テスト」はまだ少し先ですが、各大学がそれぞれ行う個別入試では、すぐに「新しい時代に必要な資質・能力」を問うような入試が増えてくるはずです。
 では「新しい時代に必要な資質・能力」とは何かということです。
 その背景には、国際的にはグローバル化の進展、産業構造や就業構造の転換など、国内では生産年齢人口の急減など、新たな時代に向け、国内外に大きな社会変動が起こっていることがあげられます。
 このような大きな社会変動の中では、これからの日本や世界において、どのような社会が実現されていくか、誰も予見できません。
 「最終報告」では、このような時代の到来に向けて、教育改革を進めるとあります。そして「新しい時代に必要な資質・能力」として、(1)十分な知識・技能、(2)それらを基盤にして「答えが一つに定まらない問題に自ら解を見いだしていく」思考力・判断力・表現力等の能力、そして(3)これらの基になる「主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度」があるとしています。
 日本の学力は「知識の量」に偏る傾向がありますが、グローバルスタンダードの学力としてはこの3つであるといわれています。
 では、これらの資質や能力をどのようにして身に付けたらよいかというと、答えは意外と簡単です。桐高での学校生活を充実したものにすることです。授業、部活動、学校行事、SSHなどをしっかり行うことです。
 特に、三番目の「主体性を持って、多様な人々と協働して学ぶ態度」については、部活動や学校行事などに加えて、アクティブ・ラーニングの視点を持った授業を行ことでさらに身に付けることができるといわれています。
 そして、「多様な人々と協働して学ぶ」ときに、「多様な人々」が日本人と限定されるならば日本語ができればよいのですが、5年、10年後、ますますグローバル化が進んだ社会においては、海外の人たちとのコミュニケーションを図る機会が、当然増えてきますから、コミュニケーションツールとして英語力が必要になってきます。
 本年度、本校のミッションを「グローバル社会で活躍できる人材育成の基盤づくり」としました。そのためには、知識はもちろんのこと、それに加えてグローバルスタンダードの学力として、「思考力・判断力・表現力等の能力」、「主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度」を同時に養う必要性を感じています。
 そして、現行の大学入試を突破できるような能力も併せて身に付けていかなければなりません。
 本年度は、大学受験を意識しながらも、アクティブ・ラーニングの視点を持った授業を多くの先生が行うと思います。
 また、将来必要になるであろうコミュニケーションツールとしての英語力を高めるために、本年度から全員が英検を受検するとともに、卒業時には、全員が「準2級以上」を最低取得することを目標にしたいと考えています。
 新年度を迎えるに当たり今年度考えているカリキュラムのイメージを話しました。2016年度、健康に留意しながら所期の目標の達成に向けてがんばってください。